「颯太が、東京になんか行っちゃうから……、俺すっげー寂しかったんだぜ」

 口をとがらせて、不満げにそう言う肇に、ため息が出そうになるが必死に押さえた。俺がどんな思いでここを離れたかなんて、肇には知る由もないんだから、こいつに当たるのはお門違いもいいところだ。

 三年間、俺たちはなにをするにもずっと一緒で、時を重ねるに連れて俺はどんどん肇に惹かれていった。おおらかで人当たりのいい肇とぶっきらぼうな俺は一見対照的にも見えたが、互いに足りないものを補うような関係性が心地よかった。
 いわゆる一目惚れだった俺は、肇の中身を知って好きという気持ちがどんどん増幅していった。
 肇と一緒に居られることが、この上ない幸せだった。

 だけど……、いつからだろう、その幸せにすこしずつ苦しみが混じりだした。一番近くにいるのに手に入らないもどかしさが、だんだんと虚しさに変わって……。じわじわと染み出てくるそれに、気づけば幸せを飲み込まれて黒く塗り固められてしまう。

 思いを告げたら壊れてしまう俺たちの関係を、どうにか維持させるための苦肉の策が静岡を離れることだった。

「しょ、しょうがないだろ……」

 離れれば、そのうち思い出になって、記憶になって、薄れて、忘れられると思った。男が好きだということも、普通じゃない(・・・・・・)ということを突きつけられているようで年齢を重ねるうちに辛さが増していったのも、別れを後押しさせた。

 新しい場所で新しい人たちに囲まれて過ごせば、もしかしたら楽になるかもしれない。女子を好きになれるかもしれない。

 そんな淡い希望を抱いたのも事実。

 だけど、違った。

 一年と四カ月、俺は嫌というほど現実を思い知らされた。誰といても、何を話していても、どこにいても、ふとした瞬間頭に浮かぶのは、今俺の目の前にいるこいつだった。
 こうやって、俺の心を揺さぶるのは、いつだってこいつだけなんだ。

「なぁ颯太。もしかして……俺のこと避けてた?」
「ち、ちが……」

 図星を言い当てられて酷く動揺する俺に、颯太が一歩距離を詰める。

「じゃぁ、なんで……」

 その後に続く言葉には見当がつかないこともなかった。
 ここを離れてから、コロナもあって互いを行き来することが出来なかったのもあるが、毎日のように送られてくるメッセージも適当に流していた。電話もなにかと理由を付けてスルーしていた。
 実際、俺はもういっそこいつのことを忘れてしまいたいと思っていたのだから、肇にそう思われても仕方ないと思う。

 ――なのに、どうして俺は今日帰ってきたんだ?

 離れれば忘れられるなんて考えてた自分の愚かさに辟易する。

「傷つけたなら、ごめん」

 言いながら、俺は悲しそうに眉尻を下げて俯く肇に手を伸ばした。また背が伸びたのか、一昨年には丁度よかった袖丈からは手首が露わになっている。俺の手は、肇に触れる直前で躊躇う意気地なしだ。
 手を伸ばせば触れられるのに、手に入れられない。無理やり掴んでしまえば、きっと砕けてしまうだろう。
 手を伸ばす度胸も、壊す勇気もない俺は、宙ぶらりんなまま今日を迎えた。

 会いたかった。
 どうしても、会いたくて、気づけば新幹線に飛び乗っていた。
 なのに、俺から連絡することはできなくて、どうしようかとあの縁側の和室でゴロゴロとただ時間を潰していたのだ。

 顔を見れば俺がどうすべきなのか、答えが見えると思ったのに。こみ上げてきたのは、俺の心臓を鷲づかみにする恋情だけ。長い月日会えなかった分、激しさを増したそれは、俺を尚更憂鬱にさせた。

「俺の方こそごめん! なんか責めるようなこと言って。せっかく久しぶりに会えたんだもんな、辛気臭い話はやめやめ! あー俺腹減った! たこ焼き食いたい。あっち行こ」

 話を逸らした肇は、俺の手を取って歩き出す。さっき、触れるのを躊躇った俺とは対照的に、なんの躊躇もなく握った。

 そうなんだ、こいつは、いつだっていとも簡単に俺に触れてくる。手を繋ぐのはもちろん、抱きついて来たり、肩を組んで来たり、頭をなでてきたり、とにかくスキンシップが多い。
 それも、耐えられなくなった一因でもあった。

 こいつが俺にそうするのは、いつだって親友への友情からくるもので、それ以下でもそれ以上でもないのに、俺が肇に向けるのは、いつだってそれ以上の(やま)しさを含んだ恋情だから。

 俺を親友だと思ってくれている肇を裏切っているみたいで、苦しかった。