――ガチャ、カラカラカラ……

 玄関の戸が開く音の後に「帰ったよ~」とばあちゃんのゆっくりとした声が聞こえた。耳に馴染んでいたはずのばあちゃんの声に、懐かしさを感じた。俺はそれに「おかえりー」とだけ返して、おもむろにテレビのリモコンを手にしてテレビをつける。チャンネルを回していくと、昼時にはワイドショーしかやってなくて消去法で高校野球に落ち着いた。
 ちょうど攻守の入れ替わりのタイミングで、インタビュアーが応援席の応援団にマイクを向けているところだった。

「なにしてんだ、俺」

 テーブルに片肘ついて、扇風機の風を浴びながら、ぽつりとつぶやく。ばあちゃんの家に高校野球を見に来たのか、俺は。

「ホント、なにしてだよ」
「うわぁあっ」

 俺は、突然縁側の方から聞こえたその声に、文字通り飛び上がった。勢いよく立ち上がった俺は、驚きのあまり一歩後ずさった拍子にテーブルに足をぶつけてその場に蹲る。痛みをはるかに上回る動揺に、俺の心臓は破裂しそうな勢いで血液を体中に送りはじめた。

「バカだなぁ……大丈夫かよ」

 抱えた膝に顔をうずめるようにして、俺は俯いたまま足をさする。本当は痛みなんて大したことなかった。心の準備ができていない俺は、顔をあげられない。
 振り向いた瞬間見えた、あいつの――肇の姿がぎゅっと閉じた瞼の裏にくっきりと映し出されていた。

 あぁ、そうだ。
 この感覚だ。
 胸を抉るような、この苦しさから俺は逃げたのに。
 またここに戻ってくるなんて。
 本当に俺はなにやってんだよ。

「え、おい、マジなヤツ?」

 あんまり顔をあげない俺を心配して、肇が靴を脱いで縁側に上がるのが気配でわかった。
 そして、ふわりと空気が揺れて肇が俺の前にしゃがむ。
 俺は観念して、顔をあげた。

「なんだ、大丈夫なんじゃん」

 目を細めて笑う、その顔は1年前と同じだ。けれども、どことなく大人びたその顔に、俺の心臓はずっと鳴りっぱなしだ。

「……不法侵入。つか、なんで」
「ばあちゃんに、颯太が来たら連絡くれって言っておいたんだよ」

 思いもよらないところに内通者がいたとは……。おのればあちゃん、謀ったな。きっと買い物ついでに肇を迎えに行っていたんだろう。じゃなければ、家が近所でもないんだからこんなタイミングよく会うわけがない。

「帰ってくるなら連絡よこせよ。つか、LINEも既読スルーばっかでひでえじゃんか」
「ちゃんと返してるだろ」
「はぁ? あんな『うん』とか『だな』とかで返したとか言えないからな」
「悪いかよ」
「あっ! さては颯太お前、東京で彼女でもできた⁉」
「ばか、んなもんできねーよ」

 父親の転職についていく必要は、なかった。
 中学受験したのも、そのまま高校・大学と楽をするためのものだったし。
 なのに、ここを……、静岡を離れる決意をしたのは、全部こいつが理由だった。

 12歳の初恋なんて、見た目から入ってすぐ飽きて他に目移りしてとか、告白して玉砕してとか、あっという間に心変わりしてもいいはずなのに、俺は中学の3年間ずっとこいつしか見えなかった。

 ――高校2年生になった今も……。

「お帰り、颯太」

 なにも、変わっちゃいない。