自分が、普通じゃない(・・・・・・)って確信したのは、中学に上がってから。
 それまでも、女子を見てやいのやいの言っている友だちに全く同調できない自分に違和感を感じていたけれど、それは単に男子と遊ぶ方が楽しいからだ、と自分に言い聞かせて気づかない振りをしていた。

 だけど、ずっと抱いていたその違和感に、俺はいよいよ見て見ぬふりができなくなる。
 なぜなら、中学に入って初めて俺が『好き』という感情を抱いた相手が、男だったから。

 疑念が確信へと変わった瞬間は、あいつとのファーストコンタクト。
 中学の入学式の入場待ちをしている時だった……。


「――あ、落ちたよ」

 入学式というイベントに緊張していた俺は、その声が自分に向けられていると気づくのに数秒遅れて振り向いた。

「え……?」

 そして、相手の顔を見た俺は、停止ボタンを押された録画のようにぴたりと固まってしまった。

「あれ? 違った?」

 そんな俺に、相手は自信なさげにきょとんと眉をあげる。視線をおとすと、紺色のハンカチがその手に握られていた。スマホを取り出した時に落ちたようだ。

「あ、いや、俺のハンカチ。ありがと……」

 俺は、動揺を隠す様に差し出されたハンカチを受け取り制服の後ろポケットに乱暴に突っ込む。

「どういたしまして。俺、足立肇(あだちはじめ)。よろしくな」
「よ、よろしく」

 心臓が、うるさい。

「えっと……」
「あ、俺は朝倉颯太」
「じゃぁ、颯太って呼んでいい? 俺のことも名前で呼んでくれていいからさ」

 そう言って無邪気に笑う肇の笑顔に、俺の胸が苦しくなる。
 鷲づかみされたみたいに息ができない。身動きが取れない。
 ばっくんばっくんと、体全部が心臓になったみたいに波打っている。

 な、なんだ、これ。

 こんな感覚、初めてだ……。

「う、うん、わかった」
「やった! 颯太はどこ小? 俺、北小なんだけど」
「あ、俺は山中小」
「山中からここ来てるやつ他にいる? 北小から来てるやつ俺だけでさ、知ってるやつ一人もいないんだ」
「お、俺も! いても女子で、友だちできるか心配で!」

 緊張していたのは、それも理由の一つだった。中学受験でここに来たのは、俺の小学校からはほんの数人で、しかも俺以外は女子だけで、友だちは疎か知ってる男子生徒もいない。
 ここに来る前の教室ではあきらかに同じ小学校同士のグループがいくつかできていて、俺は一人席でスマホをいじってるだけ。
 もともとそこまで社交的なわけでもないし、そのグループに一人で突っ込む勇気もなくて、友だちができなかったらどうしようって不安だった。

「――もう入場するから、静かにしてくださいね」

 飛んできた先生の声に、俺はハッと口を閉じる。肇を見遣れば、目が合って一拍置いて噴き出した。もちろん声は出さずに。くくく、と喉がなる。

 声を潜めて「悪い」と一言謝れば、肇は目を細めて笑顔を作った。
 笑うと目尻が下がる優し気な目元が、たまらなく好きだと思っていると、その顔がすっと近づいてきて、やっと落ち着いてきた俺の心臓がまた早鐘を打つ。

 肇は、俺の耳に口を近づけて、囁くように言った。

「俺たちもう友だちってことでいいよな」

 すぐそばで響いた声変わり前の優しい声と、耳元に触れた息のこそばゆさに、かぁっっと顔が熱くなる。
 俺はどうにか「お、おう」と返事をして、前に向き直った。

 まだうるさい心臓の鼓動と熱い顔に、必死に鎮まれと命令するけれど、全然言うことを聞いてくれない。
 自分の体が自分じゃないみたいだった。

『新入生の入場です』

 開け放たれた体育館のドアから、司会の声が耳に入ってきて、俺はやっとこさで前のやつについていき、席に座った。

 一向に鎮まらない体と頭と心のせいで、式中の記憶はない。

 ただ一つだけ、分かったことがある。

 それは、

 これが、恋なんだってこと。