「あーあ。こんな話、誰にもしたことなかったのに」

 彼は遠くを見つめる。

 その瞳にはなにも映していないようで、彼の存在まで消えてしまいそうな気がした。

 彼の切ない表情を見ながら、記憶の蓋が開けられる。

(そら)君……あ、さっきの子はね、自殺しちゃったんだ。それで僕は、命って本当に終わるんだって知った。だから、大生には自分の命を大切に生きてほしくて、そう名付けたんだ』

 父さんが言っていた“昊”がどんな人なのか、俺は知らない。

 だけど、なんとなく、彼が“昊”だと思った。

 ただの好奇心のようなもので、俺は彼の金色の髪に手を伸ばす。

「うお、なに?」

 気配で気付かれて、憧れを抱いた金髪には触れられなかった。

「いや、その……髪色。かっこいいなって、思って」

 自分でも苦しい言い訳だと思う。

 彼は右手で前髪をいじり、そして心から嬉しそうに笑って見せた。

「だろ?」

 俺はその得意げな笑みを見て、胸が締め付けられた。

 この不毛な時間は、早々に終わらせよう。

 そんなことを思って、俺は核心に迫った。

「……君が好きな人って、有栖川(まこと)?」

 彼は目を見開き、視線を泳がせ、照れたように笑う。

 言葉がなくとも、その動作だけで、答えはわかった。

「もしかして、知り合いだった?」

 父親だ、とは言わないほうがいいのだろうか。

「……まあ」

 なにを言うのが正解なのかわからないまま、答える。

「マジか……ええ、マジ?」

 彼の混乱が手に取るようにわかる。

 それを微笑ましく思うのに、俺は上手く笑えなかった。

「アリス、絶対アイツに言うなよ? オレがそんなふうに思ってるって知ったら、アイツ、彼女と別れかねない」

 だから君は、想いを隠すの?

 というか、どうしても父さんじゃなきゃダメ?

 ユーレイになって出てくるほど、父さんに会いたかった?

 君がこの世に残した未練は、父さんなの?

 いろんな言葉が思い浮かぶのに、どれも言えそうにない。

「……わかった」

 言葉を噛み締めて、それだけを言う。

 彼は安心して笑うと、日向に出た。

 そのとき俺は気付いた。

 影が、ない。

 本当にユーレイなんだと、思い知らされる。

「なあ、アリス。アイツは笑ってるか?」

 振り向いた彼の髪が、また太陽の光に透ける。

 それだけではない。

 はっきりと見えていたはずの姿に、青空が透けている。

「……ああ、笑ってるよ」

 この答えが正しいのか、やっぱりわからない。

 でも、彼が幸せそうに微笑むから。

 きっと、間違っていなかったんだと思う。

「そっか」

 彼は眩しい笑顔と共に、空に消えた。

 俺は彼の未練にはなれなかった。

 それが悔しくて、涙がこぼれそうになる。

 夏の一瞬の出来事。

 俺は恋だと自覚する前に、失恋の痛みを知った。

 だけど、自分の名前と命の重みを知るには、十分すぎるほど、ありがたい出会いだ。

「もう、自分で死のうとしないよ、昊」

 眩しすぎる青空に、そっと囁く。

 俺のこの声が届くことはないのかもしれないけど、きっといつか、届くことを願って。