「お前! そこでなにしてんだよ、死ぬ気か!」
放課後、学校の屋上の端に立っていると、ドラマのような慌てた叫び声が聞こえてきた。
あまりにも耳に突き刺さる声で、俺は振り向いてしまった。
この学校の制服を着ているが、見覚えのない男子生徒が、そこに立っている。
彼は怒りの表情のまま、俺に詰め寄ってくる。
俺とは違う、ヤンチャな色をした髪が揺れ、太陽の光に透ける。
少しだけ俺より背が低いようで、真っ直ぐな眼差しで、俺を見上げてくる。
「ここはな、オレのお気に入り場所なんだよ。自殺場所に選んでんじゃねえ」
てっきり「命を大切にしろ」みたいなありきたりな説教を聞かされるのだと思っていたから、拍子抜けしてしまう。
「……なんだよ」
彼は俺の反応に、不思議そうにしている。
それがまたなぜか面白くて、俺は吹き出すように笑った。
彼はますます混乱している。
「いや、気にするところはそこか?と思って」
彼はキョトンとした顔で、俺を見ている。
そんなに分かりにくいことを言ったつもりはないんだけど。
「誰だって死にたいって思うときくらいあるだろ。それに、こんなときにありきたりな綺麗事が響くわけないし」
いわゆる不良のカテゴリーに分類されるであろう彼の口から、そんな言葉が出てくるとは予想外だ。
「まあ、俺は別に、死のうとしてたわけじゃないけどね」
俺は言いながら、校舎へ入るドアに向かって歩き始める。
「なんだよ、早く言えよ」
彼の安心した声を聞いたせいで、嘘だけど、と続けられなくなってしまった。
足音が聞こえてくるから、彼は付いてきているらしい。
すぐに俺に追いついて、隣に立つ。
彼が歩くたびに、髪が揺れる。
その金色の髪に目がいってしまうのは、なぜだろう。
自分でも、ここまで興味が引かれる理由がわからなかった。
すると、ふと彼が俺のほうを見て、目が合ってしまった。
悪いことはしていないのに、なんとなく気まずくて、俺は視線を逸らす。
「なあ、お前、名前は?」
「有栖川大生」
ただ名乗っただけなのに、笑い声が聞こえた。
「アリス? 不思議の国かよ」
俺はこの言葉を、知っている気がする。
『昔、僕の苗字を聞いて、不思議の国?って聞いてきた人がいてね。明るくて元気な人だったなあ』
そう、酒に酔った父さんが、懐かしそうに言っていたんだ。
それと同じ反応をされるなんて、変な感じがする。
「アリスは、ここでなにしてたんだ?」
彼は屋上にある唯一の影に、身を隠す。
アリス呼びに定まったことに驚いて固まっていると、彼はじっと俺を見てきた。
彼にその気がなくとも、座るように促されている気がして、俺は隣に座った。
「……ただ、空を見ていただけだよ。なんか……ときどき、全部どうでもよくなるときがあって。そんなときは無性に空を眺めたくなるんだ」
視線を上げると、雲がゆっくりと流れている。
目まぐるしく過ぎていく青春と呼ばれる時間を、忘れてしまいそうになるほどに、穏やかだ。
「わかる」
冷やかしでもなんでもない、純粋な声だった。
同意されるとは予想外だ。
「オレ、好きな人が男で、ソイツもアリスっていうんだけど」
思わぬカミングアウトに、反応が遅れる。
「まあ当然、向こうは女子を好きになってさ。最近、可愛い彼女ができたって紹介されたんだよね」
最初の言葉に反応できなかったせいで、どこに触れていいのかわからなくなってしまった。
俺が困っていると感じさせるには十分すぎる沈黙が訪れてしまって、余計になにを言えばいいのかわからない。
彼は、困ったように笑った。
「悪い、こんな話されても困るよな」
首を横に振ることしかできないのが、もどかしい。
放課後、学校の屋上の端に立っていると、ドラマのような慌てた叫び声が聞こえてきた。
あまりにも耳に突き刺さる声で、俺は振り向いてしまった。
この学校の制服を着ているが、見覚えのない男子生徒が、そこに立っている。
彼は怒りの表情のまま、俺に詰め寄ってくる。
俺とは違う、ヤンチャな色をした髪が揺れ、太陽の光に透ける。
少しだけ俺より背が低いようで、真っ直ぐな眼差しで、俺を見上げてくる。
「ここはな、オレのお気に入り場所なんだよ。自殺場所に選んでんじゃねえ」
てっきり「命を大切にしろ」みたいなありきたりな説教を聞かされるのだと思っていたから、拍子抜けしてしまう。
「……なんだよ」
彼は俺の反応に、不思議そうにしている。
それがまたなぜか面白くて、俺は吹き出すように笑った。
彼はますます混乱している。
「いや、気にするところはそこか?と思って」
彼はキョトンとした顔で、俺を見ている。
そんなに分かりにくいことを言ったつもりはないんだけど。
「誰だって死にたいって思うときくらいあるだろ。それに、こんなときにありきたりな綺麗事が響くわけないし」
いわゆる不良のカテゴリーに分類されるであろう彼の口から、そんな言葉が出てくるとは予想外だ。
「まあ、俺は別に、死のうとしてたわけじゃないけどね」
俺は言いながら、校舎へ入るドアに向かって歩き始める。
「なんだよ、早く言えよ」
彼の安心した声を聞いたせいで、嘘だけど、と続けられなくなってしまった。
足音が聞こえてくるから、彼は付いてきているらしい。
すぐに俺に追いついて、隣に立つ。
彼が歩くたびに、髪が揺れる。
その金色の髪に目がいってしまうのは、なぜだろう。
自分でも、ここまで興味が引かれる理由がわからなかった。
すると、ふと彼が俺のほうを見て、目が合ってしまった。
悪いことはしていないのに、なんとなく気まずくて、俺は視線を逸らす。
「なあ、お前、名前は?」
「有栖川大生」
ただ名乗っただけなのに、笑い声が聞こえた。
「アリス? 不思議の国かよ」
俺はこの言葉を、知っている気がする。
『昔、僕の苗字を聞いて、不思議の国?って聞いてきた人がいてね。明るくて元気な人だったなあ』
そう、酒に酔った父さんが、懐かしそうに言っていたんだ。
それと同じ反応をされるなんて、変な感じがする。
「アリスは、ここでなにしてたんだ?」
彼は屋上にある唯一の影に、身を隠す。
アリス呼びに定まったことに驚いて固まっていると、彼はじっと俺を見てきた。
彼にその気がなくとも、座るように促されている気がして、俺は隣に座った。
「……ただ、空を見ていただけだよ。なんか……ときどき、全部どうでもよくなるときがあって。そんなときは無性に空を眺めたくなるんだ」
視線を上げると、雲がゆっくりと流れている。
目まぐるしく過ぎていく青春と呼ばれる時間を、忘れてしまいそうになるほどに、穏やかだ。
「わかる」
冷やかしでもなんでもない、純粋な声だった。
同意されるとは予想外だ。
「オレ、好きな人が男で、ソイツもアリスっていうんだけど」
思わぬカミングアウトに、反応が遅れる。
「まあ当然、向こうは女子を好きになってさ。最近、可愛い彼女ができたって紹介されたんだよね」
最初の言葉に反応できなかったせいで、どこに触れていいのかわからなくなってしまった。
俺が困っていると感じさせるには十分すぎる沈黙が訪れてしまって、余計になにを言えばいいのかわからない。
彼は、困ったように笑った。
「悪い、こんな話されても困るよな」
首を横に振ることしかできないのが、もどかしい。