新学年が始まったばかりの、四月某日、放課後の教室での出来事だった。

「私、あなたの事が大好きです! 先輩、私と付き合ってください!」

 春の陽気で満たされた窓際には、オレンジ色の光が差し込んで、カーテンの横に立っている彼女の姿を幻想的に強調していた。

 彼女の正面の、だけど陽の当たらない場所に立っていた僕は、突然の申し出に、ただ戸惑うことしかできずにいた。

 それは愛の告白と言えばいいものだろうか。

 たまたま僕だけが残っていた、放課後の無人の2年E組の教室に、彼女はなんの前触れも心の準備もなく入ってきて、気づけば僕は声をかけられて、告白をされていた、というだけのことだ。

 こんな急展開に拍車をかけた、さらなる問題は、彼女が初対面の、後輩の一年生の女の子だったということだ。

 自分はその時、告白直後に何と言ったのかすら、よく覚えていない。彼女のそのあとの反応からして、あまりにも突然のことに、何も言えなかった可能性だってある。

 僕が動揺した理由は、自分は彼女のことを知らなくてもちろん名前も分からないから。と言うのもあったけど、もっと純粋に、その優れた容姿から、シンプルな愛の言葉と交際の申し出とが、自分に向かって放たれたことに対する、強い気恥ずかしさもあった。

 実際、彼女はとても可愛かった。

 小柄な体躯に宿る、生まれつきであろう、まっすぐさと明るさ。
 黒髪で肩までの重めのボブは、ぱっちりした目元と綺麗な瞳によく似合っていた。
 きめの細かい、雪のような肌は、窓枠から当たる陽の光と相まって、妖精のような透明さを際立たせていた。

 視線をさまよわせていた僕の目が、次にふと捉えたのは、制服のブラウスの上端だった。

 彼女は、首に小さな機械のようなものを巻いていた。
 首輪というか、ファッションとしてはチョーカーとでも呼べばいいものだろうか。

 だけど、横長の長方形のデジタル画面のようなものが、そのチョーカー?には付いていて、その小さな画面には「100%」という数字が表示されていた。

 思わず怪訝そうにした僕の視線に気づいたのか、彼女は首元に片手をやって機械に触れて言った。

 「こっ、これっ、私の好感度メーターです!」

 はい?

 彼女は慌てたように、両手の人差し指でこれでもかと数字の部分を示して、何やら必死に弁明するように言った。

「つ、つまり、好感度100パーセントです。私はあなたのことが大好きです」

「…………」

 好感度メーターなんて、そんなもの、あるはず無いじゃないか。僕は自分が何を言ったのか覚えていないし、この時はやっぱり、意味のある言葉を何も発することができなかったのかもしれない。

「というわけで、私、……えーと! えーと! えーとのぉ~……」

 だから彼女は、彼女自身が感じたであろう気まずさをごまかすように、顔の前で両手を横にせわしなく振った。

 彼女は顔を赤らめて言う。

「私は、病院に通院していて、色々な数値をこまめに測る必要があるんです。

この機械だって、学校に、許可をもらって付けているものです」

 そんなことは一言も聞いていないのだけど、彼女自身も動揺しているのが分かった。

「私、あなたと話す時、この数値が大切なんです……あのあのあの」

 耳まで真っ赤に染まっていた。

「やっぱり、さすがにだめですよね、これ! だから、また明日! また明日、お願いします!」

「えっ……まず、名前……」

 僕が覚えている自分の発言は、それだけだった。会話というかほぼ単語。

「私、絶対戻ってきます!だから、一生のお願いです!この告白、仕切り直させてください……!」

 彼女は僕に質問をさせる暇も与えず、嵐のように去っていった。

 また、告白を言い直させてください、と。

 今日のこれは、僕の側は、彼女の望みを汲むならば、無かったことにでもすればいいのだろうか。



 だけど、彼女は、二度と学校に来なかった。



 だから、この出来事は何かの間違いかそもそも夢だったのかと思って、それに、一ヶ月後に大事な大会が控えていて、面倒ごとが増えるのはごめんだった。

 誰にも話さないまま大会を終えて、気づけばそのまま七月になっていて、僕は二年目の夏休みを迎えた。