夕焼けが、すぐそこまで迫っていた。
 孝慈は高台の手すりに寄りかかり、遠くを見て語る。
「――鈴夏がさ、往来のど真ん中で、とつぜん俺に抱きついたことがあって」
 松野が目撃した、手紙を渡せなかったきっかけの出来事だった。
「こんなとこ誰かに見られたら、俺たちが兄妹だってばれるかもしれない、親がいなくて施設育ちっていう過去のことも、掘り起こされるかもしれない。そう思って、慌てたよ」
「松野が瀬奈の商店街で見たのは、その時のことだったんだね」
 僕は松野が目撃したことを話すと、孝慈はため息をついた。
「まさか、松野が見ていたなんてな……。しっかし、加澤の予想、おまじないが本当だったとして、鈴夏も大通りのど真ん中で抱きつくなんて、やってくれる」
「彼女らしいと言えば、らしいよね」
 僕が言うと、松野の口元に少しだけ笑みが浮かんだ。孝慈は自分の頭に軽く手をやって言う。
「それにしても、鈴夏はいったい、おまじないを通じて何を叶えたかったんだろうな……普通に考えりゃ、病気が治りますように、って願った可能性が高いが、俺たちへのハグを介在する理由が分からない」
「僕たちが関わる願いだったのは確実だ。でも、真相は闇の中だね」
 それから、孝慈は肩のちからが抜けたように言う。
「俺の秘密のこと。誕生日のこともあるし、長くは隠し通せないとはおもってた。けど、鈴夏がいなくなった今や、彼女を守る必要は無くなっちまった。意味が無いことさ」
「バスケ部のことも聞いたよ。元瀬奈中の、コージと同じ部だった人が話してくれた。ケガは、君をレギュラーにしたくない先輩達の故意。ケガの重さよりもそれに嫌気が差して、コージはバスケ部を辞めたこと」
「……そうか」
「……ごめん」
「いいや、俺のほうこそ――。俺、鈴夏を守るということを、履き違えてた。
 暗い過去を隠すことが、鈴夏を守ることだって思って今日までいた。
 けど、そのくせ俺は、鈴夏のことを知らなくて、そのせいで彼女を守れなかったっていう、カッコ悪い過去を隠してただけだった。お前に当てられて気づいたんだ。
 俺、鈴夏のこと、何も知らなかった。
 鈴夏は俺の知らないとこでずっと苦しんでた。
 病気のことさえ知らなかった。
 死んだあとも、鈴夏の尊厳を守ることを俺自身の盾にして、加澤にも真実じゃないこと言ってしまった。俺が守ってたのは鈴夏の尊厳じゃなく、自身のつまらないプライドだった。
 ほんとうにカッコ悪いよ、俺」
 孝慈の声が自分を責めるものになっていく。
「白百百凸凹カルテットって漫画が好きで、加澤のことが好きで、絵が好きで、あのサイコロに、シラコーのキャラに似せた加澤の絵を描いて。あいつのそういうところ、兄なのに何一つとして知らなかった」
 夕焼けが訪れ、祭り囃子の音が通り過ぎていった。
 僕は孝慈の言葉に答える。
「――コージはコージなりに、僕たちのためにできる最善のことを考えてくれた。そうやって、あの時、病院で僕を叱ってくれた。同じ鈴夏の『大切な存在』としての視点で、僕が松野を励ますきっかけになる言葉をくれた。僕はそう思ってる」
「加澤……」