「……僕、昔からスクールカースト上位の奴らに目をつけられては、いろいろ言われてきた。極めつけは、中学の体育祭。女装して走るって見世物競技があったんだ」
『吉峰でいいんじゃね?』
名前は覚えてない。
覚える価値もないと思ったから、忘れてやった。
でも、あの発言は、忘れない。
忘れられない。
「陽キャの一言とその場の空気で、僕は出場決定。そして当日は笑い者にされた。そのとき思ったんだ。ああ、陽キャって自分たちが楽しければ、他人の気持ちなんてどうでもいいんだろうなって」
百瀬は思い当たる節があるのか、視線を落とす。
「僕はそれが、気に入らなかった。僕はお前らのオモチャじゃない。今度また、理不尽なことをされるようなら、徹底的に反抗してやるって思った」
その結果、喧嘩を売ってしまったわけだけど。
「だから、まあ、なんていうか……かっこいいとは違うんだ。弱い僕を隠して、強がっただけだから」
急に昔話を始めたせいか、百瀬は黙ってしまった。
この沈黙は、どう対処すべきなのかわからない。
「……じゃあ、俺、やっぱり吉峰君に嫌な思いさせてたんだね」
今の話を聞いて、どうしてそう思ったのかわからない。
……いや、理解した。
「百瀬のことは陽キャだと思ってるけど、でも、嫌だとは」
そこまで言って、僕は止まってしまった。
嫌だとは思ってない。
そう言うには、説得力のないことをしてきた。
「……百瀬は特別」
陽の中に隠れた闇を知って、百瀬は他の奴らとは違うのかもしれないと、思うようになっていたから。
ただ、どうして僕は、こんな恥ずかしい言い回ししかできないんだ。
「俺も、吉峰君のこと、特別だと思ってるよ」
百瀬が似た言い回しをしてきたせいで、お互いの空気感が気恥しい。
「……戻るか」
そして僕たちは、逃げるという選択肢を取った。
◆
「おい、吉峰。お前のほうが優雨のことわかってるみたいな発言、二度とするなよ」
数日後、僕は城戸に面倒な絡まれ方をしていた。
その表情には悔しさのようなものが見える。
多少は心を入れ替えたらしい。
「洸太、変な言い方しないでよ」
百瀬も、偽りの笑顔を貼り付けることも減った。
毎日楽しそうで、見ているこっちまで微笑ましくなるほどだ。
百瀬は城戸を追いやって、僕の前の席に座る。
「もう僕はいらなくないか?」
ふと思ったことを言うと、百瀬は切なそうな瞳で僕を見てきた。
そんな、捨てられる子犬みたいな目をしなくても。
「そんなこと言わないでよ。俺には、大事なんだから」
百瀬は相変わらず眩しい笑顔を向けてくる。
だけど、少しだけ違う。
「ね? 凌空」
ふとした瞬間に、百瀬は容赦なく、あのときみたいな空気感を出してくる。
その柔らかい表情に恥ずかしくなるけど、これはきっと、百瀬にとって僕が特別である証拠。
「僕も、それなりに大切だと思ってるよ? 優雨」
赤くなって、でも不満そうになる百瀬の顔。
なんて、愛しいんだ。
僕だけが、この表情を知っている。
この独占欲に名前をつけるのは、もう少し先がいい。
それまでは、曖昧な関係でいたい。
僕が笑い話にできる、そのときまで。
『吉峰でいいんじゃね?』
名前は覚えてない。
覚える価値もないと思ったから、忘れてやった。
でも、あの発言は、忘れない。
忘れられない。
「陽キャの一言とその場の空気で、僕は出場決定。そして当日は笑い者にされた。そのとき思ったんだ。ああ、陽キャって自分たちが楽しければ、他人の気持ちなんてどうでもいいんだろうなって」
百瀬は思い当たる節があるのか、視線を落とす。
「僕はそれが、気に入らなかった。僕はお前らのオモチャじゃない。今度また、理不尽なことをされるようなら、徹底的に反抗してやるって思った」
その結果、喧嘩を売ってしまったわけだけど。
「だから、まあ、なんていうか……かっこいいとは違うんだ。弱い僕を隠して、強がっただけだから」
急に昔話を始めたせいか、百瀬は黙ってしまった。
この沈黙は、どう対処すべきなのかわからない。
「……じゃあ、俺、やっぱり吉峰君に嫌な思いさせてたんだね」
今の話を聞いて、どうしてそう思ったのかわからない。
……いや、理解した。
「百瀬のことは陽キャだと思ってるけど、でも、嫌だとは」
そこまで言って、僕は止まってしまった。
嫌だとは思ってない。
そう言うには、説得力のないことをしてきた。
「……百瀬は特別」
陽の中に隠れた闇を知って、百瀬は他の奴らとは違うのかもしれないと、思うようになっていたから。
ただ、どうして僕は、こんな恥ずかしい言い回ししかできないんだ。
「俺も、吉峰君のこと、特別だと思ってるよ」
百瀬が似た言い回しをしてきたせいで、お互いの空気感が気恥しい。
「……戻るか」
そして僕たちは、逃げるという選択肢を取った。
◆
「おい、吉峰。お前のほうが優雨のことわかってるみたいな発言、二度とするなよ」
数日後、僕は城戸に面倒な絡まれ方をしていた。
その表情には悔しさのようなものが見える。
多少は心を入れ替えたらしい。
「洸太、変な言い方しないでよ」
百瀬も、偽りの笑顔を貼り付けることも減った。
毎日楽しそうで、見ているこっちまで微笑ましくなるほどだ。
百瀬は城戸を追いやって、僕の前の席に座る。
「もう僕はいらなくないか?」
ふと思ったことを言うと、百瀬は切なそうな瞳で僕を見てきた。
そんな、捨てられる子犬みたいな目をしなくても。
「そんなこと言わないでよ。俺には、大事なんだから」
百瀬は相変わらず眩しい笑顔を向けてくる。
だけど、少しだけ違う。
「ね? 凌空」
ふとした瞬間に、百瀬は容赦なく、あのときみたいな空気感を出してくる。
その柔らかい表情に恥ずかしくなるけど、これはきっと、百瀬にとって僕が特別である証拠。
「僕も、それなりに大切だと思ってるよ? 優雨」
赤くなって、でも不満そうになる百瀬の顔。
なんて、愛しいんだ。
僕だけが、この表情を知っている。
この独占欲に名前をつけるのは、もう少し先がいい。
それまでは、曖昧な関係でいたい。
僕が笑い話にできる、そのときまで。