「……僕、昔からスクールカースト上位の奴らに目をつけられては、いろいろ言われてきた。極めつけは、中学の体育祭。女装して走るって見世物競技があったんだ」

『吉峰でいいんじゃね?』

 名前は覚えてない。

 覚える価値もないと思ったから、忘れてやった。

 でも、あの発言は、忘れない。

 忘れられない。

「陽キャの一言とその場の空気で、僕は出場決定。そして当日は笑い者にされた。そのとき思ったんだ。ああ、陽キャって自分たちが楽しければ、他人の気持ちなんてどうでもいいんだろうなって」

 百瀬は思い当たる節があるのか、視線を落とす。

「僕はそれが、気に入らなかった。僕はお前らのオモチャじゃない。今度また、理不尽なことをされるようなら、徹底的に反抗してやるって思った」

 その結果、喧嘩を売ってしまったわけだけど。

「だから、まあ、なんていうか……かっこいいとは違うんだ。弱い僕を隠して、強がっただけだから」

 急に昔話を始めたせいか、百瀬は黙ってしまった。

 この沈黙は、どう対処すべきなのかわからない。

「……じゃあ、俺、やっぱり吉峰君に嫌な思いさせてたんだね」

 今の話を聞いて、どうしてそう思ったのかわからない。

 ……いや、理解した。

「百瀬のことは陽キャだと思ってるけど、でも、嫌だとは」

 そこまで言って、僕は止まってしまった。

 嫌だとは思ってない。

 そう言うには、説得力のないことをしてきた。

「……百瀬は特別」

 陽の中に隠れた闇を知って、百瀬は他の奴らとは違うのかもしれないと、思うようになっていたから。

 ただ、どうして僕は、こんな恥ずかしい言い回ししかできないんだ。

「俺も、吉峰君のこと、特別だと思ってるよ」

 百瀬が似た言い回しをしてきたせいで、お互いの空気感が気恥しい。

「……戻るか」

 そして僕たちは、逃げるという選択肢を取った。



「おい、吉峰。お前のほうが優雨のことわかってるみたいな発言、二度とするなよ」

 数日後、僕は城戸(きど)に面倒な絡まれ方をしていた。

 その表情には悔しさのようなものが見える。

 多少は心を入れ替えたらしい。

「洸太、変な言い方しないでよ」

 百瀬も、偽りの笑顔を貼り付けることも減った。

 毎日楽しそうで、見ているこっちまで微笑ましくなるほどだ。

 百瀬は城戸を追いやって、僕の前の席に座る。

「もう僕はいらなくないか?」

 ふと思ったことを言うと、百瀬は切なそうな瞳で僕を見てきた。

 そんな、捨てられる子犬みたいな目をしなくても。

「そんなこと言わないでよ。俺には、大事なんだから」

 百瀬は相変わらず眩しい笑顔を向けてくる。

 だけど、少しだけ違う。

「ね? 凌空」

 ふとした瞬間に、百瀬は容赦なく、あのときみたいな空気感を出してくる。

 その柔らかい表情に恥ずかしくなるけど、これはきっと、百瀬にとって僕が特別である証拠。

「僕も、それなりに大切だと思ってるよ? 優雨」

 赤くなって、でも不満そうになる百瀬の顔。

 なんて、愛しいんだ。

 僕だけが、この表情を知っている。

 この独占欲に名前をつけるのは、もう少し先がいい。

 それまでは、曖昧な関係でいたい。

 僕が笑い話にできる、そのときまで。