ああ、そうか。

 こうやって伝えたいことを軽く流されてしまうから、百瀬は自分の感情を誤魔化すようになったのか。

 「百瀬」

 僕が名前を呼ぶと、百瀬は少しだけ嬉しそうに、僕のほうを見た。

 ……しまった、用事が思い浮かばない。

 次の言葉が出てこないから、百瀬はキョトンとしている。

「吉峰君?」

 そう、百瀬は表情豊かなんだよ。

 あんな表情を、させるな。

「ヨシミネくん、優雨を困らせてやんなって」

 困らせてるのは、お前だろ。

 耳障りな笑い声を聞きながら、百瀬の手首を掴み、引っ張る。

 驚きに染まる百瀬の顔が、僕の目の前にある。

 そして陽キャの変化に敏感なせいで、空気が変わったのがわかってしまった。

「なあ、陰キャくん、なにしてんの? 優雨を困らせんなって言ってんじゃん」

 染み付いたトラウマのせいで、言葉に詰まる。

『吉峰なら大丈夫だって。な?』

 しかし陽キャの雰囲気に押されたら、どうなるのか。

 僕はそれを、身をもって知ってきたつもりだ。

 深呼吸をして、目の前の相手を見る。

「百瀬を困らせてるのは、アンタのほうだろ。友達のポジションに立つなら、もっとちゃんと、百瀬のことを見ろよ」

 ソイツは僕を睨んでくるけど、これは、僕の言い方も悪い。

 だけど、言いすぎるくらいでないと、負ける気しかしなかった。

洸太(こうた)、あの、あとで! あとでちゃんと話そう!」

 百瀬はそう叫び、僕の手を引いて廊下を走った。

 屋上へ出られるドアの前まで来て、ようやく止まった。

 振り向いた百瀬は、見るからに怒っている。

「吉峰君、君は、もう、本当、バカなの!?」

 たぶん“バカ”ってワードを使っていいのか迷ったんだと思う。

 でも、勢いに任せて言った。

 そんな百瀬を、僕は可愛いなんて思ってしまった。

「心外だな。僕は間違ったことを言ったつもりはない」

 言いすぎたとは思っているけど。

 でも、僕の言い訳に、百瀬の膨らんだ頬は元に戻らない。

「……ごめん、百瀬の我慢した顔見てたら、ムカついて、言いすぎた」

 すると、百瀬は両手で顔を覆った。

「俺、そんなにわかりやすく顔に出てた?」
「いや、百瀬が僕の前で素の表情を見せてたから、僕が勝手に気付いただけ」

 ……いや、待て。

 これ、かなり恥ずかしいことを言っていないか?

 僕と同じように百瀬も思ったようで、気まずい空気が流れる。

「あー……でも、さっきのはびっくりしたよ。本当、言いすぎだったけど、でも、かっこよかった」

 咎められていたはずなのに、褒められた。

 でも、褒められるのは、違う気がする。

「それは……どうだろ」

 百瀬は首を傾げて僕を見る。