『うるさい』

 僕の手元に集まった古典プリントの、名前のそばにそんな落書きがあった。

 持ち主は百瀬(ももせ)優雨(ゆう)

 いつも人集りの中心にいるような、僕とは真逆の陽キャだ。

 お日様、陽だまり、優しさの塊。

 そんなふうに言われる奴の毒を、僕は面白いと思った。

吉峰(よしみね)君、ちょっと待った」

 百瀬は慌てた様子で、僕のところにやってきた。

「あのー……プリントなんだけど……見た?」
「ああ、これ?」

 百瀬のプリントを取り出すと、百瀬の顔にはっきりと“しまった”と書かれた。

「やっぱ見ちゃったか……これ消すからさ、吉峰君も見なかったことにしてくれない?」

 百瀬は両手を合わせてお願いしてくる。

「……見なかったことにはできるけど、別に消す必要はないだろ」
「え?」
「それがアンタの本心なんだろ。アンタ自身が消したら、心の声を無視して蓋をすることになれてしまう。そうしたら、心はなにも教えてくれなくなる」

 淡々と話したけど、百瀬のアホ面を見て、変なことを言ってしまったと気付く。

「……いや、なんでもない。提出物だし、早く消せば」

 プリントを返すと、百瀬は戸惑いながら、僕の前の机を使って、落書きを消した。

 百瀬の心の声が消えたプリントを受け取ると、僕は教室を出て、職員室に向かう。

 百瀬は見なかったことにして欲しいと言っていたけど、なかなか強烈だったから、しばらく忘れられなさそうだ。

「……陽キャでもあんなふうに思ったりするんだな」

 僕は勝手に、シンパシーのようなものを感じていた。



「吉峰君、俺とペア組まない?」

 体育の授業でバトミントンのダブルスをやるため、ペアを作るように指示され、百瀬が真っ先に僕の元にやって来た。

 あの日以来、妙に百瀬に懐かれてしまったのだ。

「組まない」

 その提案を断ると、百瀬はキョトンとした表情で、首を傾げた。

「吉峰君、他に組む人がいるの?」

 きっと、僕があんなことを言ったからだろう。

 百瀬は、僕に対してだけ、毒を吐くようになった。

 純粋な目をして言ってくるのが、さらにムカつく。

「いないけど」
「じゃあ、俺とやろうよ」

 この流れで頷く人間がいるのか。

「やらない」

 僕の声には怒りがこもっていた。

「俺、吉峰君が下手でも気にしないのに」

 ああ、もう。なんなんだ、コイツは。

「……キャラ変わりすぎだろ」
「だって、吉峰君が言ったんだよ。心の声は無視しなくていいって」

 だからって、遠慮なく人の心を抉っていいとは言ってない。

 なんだか相手をするのに疲れてしまって、僕はため息をつく。

「組めばいいんだろ」

 僕が言うと、百瀬はお日様のような笑顔を見せた。

 それは陰キャの僕には眩しすぎて、僕は顔を逸らした。

 そして、程よくサボりたい僕と、何事も全力で楽しむ百瀬の相性は、最悪だった。

 百瀬はどんなときでも声を出していたけど、僕はただ突っ立っているだけ。

 結果、僕たちのペアは負けた。

 百瀬も組んだことを後悔していることだろう。

「楽しかったね、吉峰君」

 ……そんなことはなかったらしい。

 やっぱり、陰キャと陽キャが理解し合うことなんてできないみたいだ。

「よかったな」

 僕は冷たく返して、先生にペア替えを申し出ようと、コートを離れる。

「あれ、吉峰君?」

 百瀬は僕を追いかけようとしたみたいだけど、陽キャの仲間たちに捕まった。

 そのまま捕まえておいてくれと思いながら百瀬を見ると、百瀬の表情に違和感があった。

 笑顔が嘘っぽい。

 さっきの、いきいきした笑顔はどこに行った。

 そんなことを思ったけど、僕には関係のないことだから、僕は気付かないフリをした。