『うるさい』
僕の手元に集まった古典プリントの、名前のそばにそんな落書きがあった。
持ち主は百瀬優雨。
いつも人集りの中心にいるような、僕とは真逆の陽キャだ。
お日様、陽だまり、優しさの塊。
そんなふうに言われる奴の毒を、僕は面白いと思った。
「吉峰君、ちょっと待った」
百瀬は慌てた様子で、僕のところにやってきた。
「あのー……プリントなんだけど……見た?」
「ああ、これ?」
百瀬のプリントを取り出すと、百瀬の顔にはっきりと“しまった”と書かれた。
「やっぱ見ちゃったか……これ消すからさ、吉峰君も見なかったことにしてくれない?」
百瀬は両手を合わせてお願いしてくる。
「……見なかったことにはできるけど、別に消す必要はないだろ」
「え?」
「それがアンタの本心なんだろ。アンタ自身が消したら、心の声を無視して蓋をすることになれてしまう。そうしたら、心はなにも教えてくれなくなる」
淡々と話したけど、百瀬のアホ面を見て、変なことを言ってしまったと気付く。
「……いや、なんでもない。提出物だし、早く消せば」
プリントを返すと、百瀬は戸惑いながら、僕の前の机を使って、落書きを消した。
百瀬の心の声が消えたプリントを受け取ると、僕は教室を出て、職員室に向かう。
百瀬は見なかったことにして欲しいと言っていたけど、なかなか強烈だったから、しばらく忘れられなさそうだ。
「……陽キャでもあんなふうに思ったりするんだな」
僕は勝手に、シンパシーのようなものを感じていた。
◆
「吉峰君、俺とペア組まない?」
体育の授業でバトミントンのダブルスをやるため、ペアを作るように指示され、百瀬が真っ先に僕の元にやって来た。
あの日以来、妙に百瀬に懐かれてしまったのだ。
「組まない」
その提案を断ると、百瀬はキョトンとした表情で、首を傾げた。
「吉峰君、他に組む人がいるの?」
きっと、僕があんなことを言ったからだろう。
百瀬は、僕に対してだけ、毒を吐くようになった。
純粋な目をして言ってくるのが、さらにムカつく。
「いないけど」
「じゃあ、俺とやろうよ」
この流れで頷く人間がいるのか。
「やらない」
僕の声には怒りがこもっていた。
「俺、吉峰君が下手でも気にしないのに」
ああ、もう。なんなんだ、コイツは。
「……キャラ変わりすぎだろ」
「だって、吉峰君が言ったんだよ。心の声は無視しなくていいって」
だからって、遠慮なく人の心を抉っていいとは言ってない。
なんだか相手をするのに疲れてしまって、僕はため息をつく。
「組めばいいんだろ」
僕が言うと、百瀬はお日様のような笑顔を見せた。
それは陰キャの僕には眩しすぎて、僕は顔を逸らした。
そして、程よくサボりたい僕と、何事も全力で楽しむ百瀬の相性は、最悪だった。
百瀬はどんなときでも声を出していたけど、僕はただ突っ立っているだけ。
結果、僕たちのペアは負けた。
百瀬も組んだことを後悔していることだろう。
「楽しかったね、吉峰君」
……そんなことはなかったらしい。
やっぱり、陰キャと陽キャが理解し合うことなんてできないみたいだ。
「よかったな」
僕は冷たく返して、先生にペア替えを申し出ようと、コートを離れる。
「あれ、吉峰君?」
百瀬は僕を追いかけようとしたみたいだけど、陽キャの仲間たちに捕まった。
そのまま捕まえておいてくれと思いながら百瀬を見ると、百瀬の表情に違和感があった。
笑顔が嘘っぽい。
さっきの、いきいきした笑顔はどこに行った。
そんなことを思ったけど、僕には関係のないことだから、僕は気付かないフリをした。
僕の手元に集まった古典プリントの、名前のそばにそんな落書きがあった。
持ち主は百瀬優雨。
いつも人集りの中心にいるような、僕とは真逆の陽キャだ。
お日様、陽だまり、優しさの塊。
そんなふうに言われる奴の毒を、僕は面白いと思った。
「吉峰君、ちょっと待った」
百瀬は慌てた様子で、僕のところにやってきた。
「あのー……プリントなんだけど……見た?」
「ああ、これ?」
百瀬のプリントを取り出すと、百瀬の顔にはっきりと“しまった”と書かれた。
「やっぱ見ちゃったか……これ消すからさ、吉峰君も見なかったことにしてくれない?」
百瀬は両手を合わせてお願いしてくる。
「……見なかったことにはできるけど、別に消す必要はないだろ」
「え?」
「それがアンタの本心なんだろ。アンタ自身が消したら、心の声を無視して蓋をすることになれてしまう。そうしたら、心はなにも教えてくれなくなる」
淡々と話したけど、百瀬のアホ面を見て、変なことを言ってしまったと気付く。
「……いや、なんでもない。提出物だし、早く消せば」
プリントを返すと、百瀬は戸惑いながら、僕の前の机を使って、落書きを消した。
百瀬の心の声が消えたプリントを受け取ると、僕は教室を出て、職員室に向かう。
百瀬は見なかったことにして欲しいと言っていたけど、なかなか強烈だったから、しばらく忘れられなさそうだ。
「……陽キャでもあんなふうに思ったりするんだな」
僕は勝手に、シンパシーのようなものを感じていた。
◆
「吉峰君、俺とペア組まない?」
体育の授業でバトミントンのダブルスをやるため、ペアを作るように指示され、百瀬が真っ先に僕の元にやって来た。
あの日以来、妙に百瀬に懐かれてしまったのだ。
「組まない」
その提案を断ると、百瀬はキョトンとした表情で、首を傾げた。
「吉峰君、他に組む人がいるの?」
きっと、僕があんなことを言ったからだろう。
百瀬は、僕に対してだけ、毒を吐くようになった。
純粋な目をして言ってくるのが、さらにムカつく。
「いないけど」
「じゃあ、俺とやろうよ」
この流れで頷く人間がいるのか。
「やらない」
僕の声には怒りがこもっていた。
「俺、吉峰君が下手でも気にしないのに」
ああ、もう。なんなんだ、コイツは。
「……キャラ変わりすぎだろ」
「だって、吉峰君が言ったんだよ。心の声は無視しなくていいって」
だからって、遠慮なく人の心を抉っていいとは言ってない。
なんだか相手をするのに疲れてしまって、僕はため息をつく。
「組めばいいんだろ」
僕が言うと、百瀬はお日様のような笑顔を見せた。
それは陰キャの僕には眩しすぎて、僕は顔を逸らした。
そして、程よくサボりたい僕と、何事も全力で楽しむ百瀬の相性は、最悪だった。
百瀬はどんなときでも声を出していたけど、僕はただ突っ立っているだけ。
結果、僕たちのペアは負けた。
百瀬も組んだことを後悔していることだろう。
「楽しかったね、吉峰君」
……そんなことはなかったらしい。
やっぱり、陰キャと陽キャが理解し合うことなんてできないみたいだ。
「よかったな」
僕は冷たく返して、先生にペア替えを申し出ようと、コートを離れる。
「あれ、吉峰君?」
百瀬は僕を追いかけようとしたみたいだけど、陽キャの仲間たちに捕まった。
そのまま捕まえておいてくれと思いながら百瀬を見ると、百瀬の表情に違和感があった。
笑顔が嘘っぽい。
さっきの、いきいきした笑顔はどこに行った。
そんなことを思ったけど、僕には関係のないことだから、僕は気付かないフリをした。