士琉の気遣いに促され、絃はお鈴と手を繋ぎ直して一軒ずつ回り始める。とりわけお鈴が興味を持ったのは、簪や扇子などを多く扱う手頃な小間物屋だった。

「お嬢さま、見てください! この(かんざし)、お嬢さまにとっても似合いますよ!」

「それならこっちは、お鈴にどう? 鈴蘭の形をした帯留めですって」

 あれもいい、これもいいと話は尽きない。
 絃とお鈴は三歳差だが、こうしていると年齢差など感じなかった。むしろ、普段侍女として完璧な仕事をこなすお鈴の年相応な姿を見ると、安心する。

(そうよね。お鈴はしっかりしているから忘れがちだけれど、まだ十五歳、年頃の娘ですもの。こういう一面があって当然なのよね)

 護られてばかり、尽くされてばかりの絃が、まるで姉のような気分でそんなことを思うのもお門違いかもしれない。
 けれども、絃にとってお鈴は、幼い頃からずっと妹も同然の存在だったのだ。
 弓彦や燈矢と同じくらいに、大切な家族。
 疎まれて当然の絃を受け入れ、そばにいてくれた、かけがえのない存在。

 だから、彼女を想う。ともすれば、己以上に大切にする。
 されども、そんなふうに絃がお鈴を縛ってしまったから、いけなかったのかと──彼女に自由を失わせてしまったのではないかと、ときおり、そんな不安が過る。

「もうどうしましょう、お嬢さま。お嬢さまを着飾りたくて着飾りたくて、侍女の血が騒いじゃいますっ」

 とはいえ、ぶれない部分はとことんぶれないのがお鈴だ。
 あくまで絃のため。絃を世界の中心、軸として生きている。そんなお鈴を、無闇に突き放すことも、否定することもできるわけがない。本人が望んでそうしているのだとわかってしまうからこそ、絃も受け入れざるを得なかった。

「こんなふうにお嬢さまとお買い物できるだなんて、お鈴は恵まれてますねえ。ご当主や燈矢さまに自慢したら詰められそうですけど」

「うーん……兄さまと燈矢は、わたしが外でお買い物してること自体、きっと想像していないと思うわ。だって、自分でも驚いているくらいだもの」

 答えながら振り返って、ちらりと店の入口近くに立つ士琉を見る。
 士琉は微笑ましそうにこちらの様子を見守っているものの、ふとした瞬間に事件があったという方向を見つめては、落ち着きのない眼差しを浮かべていた。

(士琉さま……やっぱり、気になるみたい)

 絃の知る限り、士琉は温厚篤実ながら使命感が強い人間だ。
 日夜を問わず身を粉にして働いていても、愚痴のひとつも言わない。彼ほど真(しん)摯(し)に継叉特務隊としての責務を果たしている者など、きっと他にはいないだろう。
 そんな彼が、目の前で事件を──とりわけ、憑魔絡みだという火事の発生を知らされて気にしないわけもないのだ。今日が休みでなかったら、誰よりも先に現場へ駆けつけ、部下を指揮し、事件解決のために奔走していたに違いない。
 だが、彼は絃を優先してくれた。
 その優しいがゆえの選択が、士琉の心に憂いを生んでしまっている。

「ねえ、お鈴」

「はいっ」

「わたし、ちょっと士琉さまのところへ行ってくるわね」

 赤でもない、黒でもない、と雅やかな和柄細工の手鏡を見つめて頭を悩ませていたお鈴に言いおき、絃は士琉のもとへと小走りで駆けた。
 士琉はすぐにこちらに気づくと、微笑を湛えながら迎えてくれる。

「よさそうなものはあったか? 気に入ったものがあれば買うから言ってくれ」

「い、いえ。それよりも士琉さま、どうか行ってくださいませ」

「は?」