「柔軟性のある若い者ならまだしも、古くからの慣習に囚われた上の者たちからは十中八九、反感を買う。そのぶん風当たりは強くなるし、最悪の場合は五大名家の天秤が傾くかもしれない。……君は、そうなったときのことを覚悟しているかい?」

 思いがけないことを尋ねられ、絃は数拍ほど固まった。

(わたしなんかが士琉さまの妻になるなんて、身の程知らずだって……。そういう覚悟を問われるのかと思ったのに)

 しかし、桂樹の懸念は尤もで正鵠(せいこく)を射ていた。
 絃でさえ、よく耳にするのだ。
 たとえ継叉であっても、肝心な冷泉の血を継いでいない者が、はたして冷泉と名乗れるのか──と、名家の老輩たちが不満を持っている話は。
 だからこそ、今回の〝月代と冷泉の政略結婚〟は、五大名家をはじめとして世に衝撃を与える縁談だったと聞いた。
 桂樹の言う通り、絃と士琉のあいだに生まれた子によっては、現在釣り合いが取れている五大名家の天秤が傾いてしまうのでは、と噂も立っているらしい。

(でも、それ自体は正直どうなるかわからないものね。兄さまは継叉の子が生まれる可能性が高いと仰っていたけど、代々続くとも限らないし)

 そもそも絃と士琉の婚姻に限らず、な話ではあるのだ。
 露の世とはよく言ったもので、目まぐるしく継叉の文化や常識が変化し、衰退の一途を辿っている現状、五大名家もいつどうなるかわからない。
 たまたま冷泉が一番手に血統存続の危機を迎えてしまっただけで、他家もいずれはその問題に直面する日がきっとやってくる。
 そうなったときに優先されるのは、やはり五大名家の天秤や斜陽(しゃよう)ではなく、いかに後世に継叉を残すかという点であろう。
 なにせこの世は、継叉がいなければ成り立たないのだから。
 世間の事情に疎い絃でさえそれがわかるというのに、正直なところ、老輩(ろうはい)から向けられる反感はそこまで問題ではないように思えた。
 ──それに。

「お言葉ながら……桂樹さま。わたしはすでにこのような身ですので、()からのあらゆる目には慣れております。多少種類が増えたところで問題はございません」

「……ふむ」

「なによりわたしは、月代のためにここにいますので、拒否の意は……」

 桂樹も言った通り、これは政略結婚だ。
 弓彦は結局絃が嫁入りすることで齎される利を教えてくれなかったけれど、月代のためになると断言してくれている。
 ならば、たとえこれが浅慮(せんりょ)な選択だったとしても、絃は構わないのだ。

(だって、少なくともそこには存在価値が生まれるもの)

 生まれて初めてできた己の使い道を示された今、心に迷いはない。この価値を失くしてしまわぬように抗(あらが)うことこそ、絃が下した選択だ。

「──わたしはわたしの役割を果たすのみです。なにも心配はいりません」

 それに、なにを懸念したところで、人という生き物は勝手だから。
 事実とは異なることを、容易に(まこと)と思い込む。
 軽い気持ちで偽を作り、真と仕立て上げようとする。それが間違っているか否かなどどうでもよくて、ただ話題性に便乗したいがゆえに尾鰭(おひれ)をつけて泳がせていく。
 そんな不確かなもので溢れる世界では、真偽の見分けを求めたところで無意味だ。

(わたしはこの体質のせいで人を傷つけたくなかったから、自ら望んで結界に引きこもったけれど……。どうしてか一族の者たちは、わたしが月代の恥さらしだから屋敷に封じられてるって思っていたみたいだし)