母が病院へ向かう日は、私も同乗していた。
そして、もう一つ。
雨が降る日は、必ず母が学校まで迎えに来てくれていた。
理由は、私の身体に関係している。
中学二年生の頃――私は、「PTSD」の診断を受けた。
またの名を、心的外傷後ストレス障害と呼ばれるそれは、高校二年生になった今でも治る兆しがない。
私の場合、PTSDの症状は雨が引き金となっている。
雨の音、雨の匂い、雨のすべてが、さまざまな体の異常を引き起こしていた。
だから天気の確認は欠かせない。
朝から雨の日は、学校を休んでいる。
午前中から降る日は、その時の体調によってまちまち。
午後に降る日は、とりあえず午前の授業は受けれるので出席はする。
夕方から雨が降る日は、放課後に母が迎えに来る。
そんな生活が続いていた。
こんな私の状態を心配してくれる家族には、感謝している反面、とても申し訳なく思う。
私が天候に日々を左右されるように、こうして母や弟、ここにはいない父に気を遣わせている。
それがたまらなく、申し訳なかった。
「じゃあ、いつも通り校門で車を停めるから。着いたら電話するわね」
「うん。ありがとう、お母さん」
私は頷いて、目玉焼きが乗った食パンの端を控えめにかじった。