取り残された女の子は、そんな母親の背中をさみしそうに見つめている。
 言われたとおり座ったままでいるその子の目には、涙が滲んでいて心細く揺れていた。

 なんだか放ってはおけなくて、私は休憩所に足を踏み入れた。


「お名前、あっちゃんっていうの?」
「……おねーちゃん、だれ?」
「私はね、雫っていうの。ひとりで待ってて偉いね。折り紙してたの?」
「うん。でもママ、つる折ってくれなくて」


 私が話しかけると、その子は最初肩を震わせた。
 けれどすぐに警戒を解き、目の前の千代紙に目線を戻す。


「じゃあ、私と一緒に鶴を折ろっか」
「え! おねーちゃんと?」
「うん。お母さんが戻ってくるまで、一緒に遊んでくれる?」

 そうお願いをすると、女の子――あっちゃんは花が咲いたようにぱっと笑顔になり「いいよ!」と言った。


 母親が授乳室から戻ってくるまで。子どもを残してそこまで遅くはならないだろうけれど、ひとりになったあっちゃんを見過ごせなかった。

 一緒に並んで鶴を一羽、完成させればちょうどいい時間だろう。そうして私は、千代紙を手に折り進めていった。


「あ、あれ……ここは」
「ここはー?」


 隣に座るあっちゃんが、首をかしげる。
 途中までは順調だった。しかし内側に折りたたんだあとから、手順がわからなくなってしまったのだ。


「こう、だっけ? なんか違う……ええと」


 そもそも最後に折り紙をした記憶なんてとおに薄れている。なんとなく覚えていた気がするのに、いざ折ってみるとうまくいかなかった。


「――ここはね、細い三角を折るんだ。ほら、こんな感じで」


 どうしても手順がわからず困り果てていた私のすぐ背後から、ぬっと腕が伸びてきた。

 びくりと体が震える。
 頭上に降ってきた声とともに、誰かのしなやかな指が器用に折り目をつけていった。


「はい、完成」
「あ、つるだー!」


 私の手にあった作り途中の千代紙は、瞬く間に鶴へと姿を変えた。
 横ではあっちゃんが歓声をあげる。私は背もたれに腕を置いて後ろを振り返った。


「ど、どうしてここに……宮くんが?」


 今日のことですっかり見慣れてしまったその顔。

 あのアイボリーのカーディガンに袖を通したミヤケンが、私を見下ろしていた。