罪は流れて、雨粒にわらう







 昨日、保健室からミヤケンに抱えられて出てくる私の姿は数人の生徒に目撃されていた。

 すぐ近くには友林先生と岡本先生もいて、状況的には体調不良の私を運んでいた、となるのが普通だ。
 けれど、人伝えで端的に聞いてしまった生徒がべつの生徒へ話して広まった結果。


 ――ミヤケンが隣のクラスの佐山と保健室にいたらしい。
 という、ねじ曲がった事実だけが残された。


 それをクラスメイトのほとんどが耳にしたようで、教室に入ればすぐに私は注目の的となった。


 こういう空気は、本当に苦手。
 好奇心と、疑惑と、興味。

 多くの感情を揉みこんで生まれた空間に、いつものポーカーフェイスを崩しそうになってしまう。


 席についても肌にちくちくと刺さる違和感は拭えない。いつもよりも居心地が悪い教室に頭痛がしそうだった。

 みんなが思っているようなことはなにもないのだから、変に挙動をおかしくさせる必要だってない。
 ただ、集団生活のなかに広まっていく“噂”というのは、まるで呪いのように強力で。

 実際に今ある現状が、その絶大的な力を指し示している。
 いっそ立ち上がって、ミヤケンとはなにもないと大声で言ってしまおうか。


「あ、ミヤケンじゃん!」

 
 ふと聞こえた男子の弾んだ声。反射的に私はそちらに顔を向けていた。
 そこには、教室の扉に手をかけたミヤケンの姿があった。


「おいおいお前〜聞いたぞ、あのこと」
「え、なんだよ。あのことってなんのこと?」
「はぐらかすなよー。もうみんなわかってんだからさー。すげーところに手を出したな、このチャラ男め!」

 
 クラスメイトである男子のひとりは、背伸びをしながらミヤケンの肩に腕を回す。
 彼は最初笑っていたけれど、その瞳を細めて教室内を見渡しはじめた。


「あ、佐山ちゃん」


 ミヤケンが私を見つけて言った。心の中で、冗談でしょ、とつぶやく。

 ……まさか本当に追いかけてきた?
 旧校舎裏で強引に会話を終わらせて逃げるように走っていったから?

 たしかに区切りの悪い終わり方をしたけれど、だからって執着される覚えはない。


「昨日の貧血、大丈夫だったんだ? 友っちと車まで運んだのはいいけど、そのあとどうなったか気になってさ。暇だし確かめに来たんだけど」


 ……ミヤケンはまるで、今日はじめて私に会ったような言い草でそう聞いてきた。


「え、貧血? なにそれ、保健室でイチャついてたんじゃねーの?」
「はは、逆になんだよそれ。さすがに百戦錬磨の俺でも、具合悪い子にんなことするかって」


 クラス中の生徒の顔が「どういうこと?」と知りたそうにしている。
 ミヤケンは余裕の笑みを浮かべ、肩に引っ付いている男子をあしらった。


「だけど保健室で二人でいたって聞いたぜ?」
「俺は三年の先輩と保健室に入ったところで、佐山ちゃんにばったり会っただけ。まあ、親の車まで抱えて運んだし? もう大丈夫なのか気になって、今様子を見に来たんだけど」


 そうしてミヤケンは再度こちらに目を向け「大丈夫っぽいじゃん」と言うと、興味をなくしたように教室から離れていった。


 その後、なんともいえない沈黙に包まれる。
 絶妙に気まずい静けさは、友林先生がやってくるわずかの間、教室中を支配していた。


「……」


 たった数分と短い時間だったけれど、私はミヤケンが立っていた扉を言いようのない思いで見つめていた。