私はさらに身を引く。
 口の中は乾いていて、舌がもつれそうになる。

「……なに、言ってるんですか?」

 そう言い返すのがやっとだった。でもミヤケンは、軽く首を曲げるだけ。

 ぱちぱちとまばたきを挟んで「聞き取れてなかったのかな?」みたいな顔をしていた。違う、そういうことじゃない。


「あれ、克服したいんじゃなかった?」
「……」

 それはそうだけど、と出そうになる言葉を押しとどめる。

 症状の緩和も、雨の日を克服することも、たしかに私のこれからを考える上では必要なことだった。

 でも、だけど。どうしてそれを、ミヤケンが手伝うという話になるの? 全然意味がわからない。


「本気なんですか?」

「それはもう、かなり」

「昨日の今日で、知り合ったばかりなのに?」

「知り合ってからの時間なんて関係ないって」

 意気揚々と身振り手振りをする彼が、私には心底不可解でならなかった。

「私は、私のことを誰にも話さないでくれるなら、それでいいんです。そもそもあなたはっ……」
「俺は?」

 またしても、言いかけて止める。

 女好きで、遊び人で、チャラくて、モテる。それは今まで噂にすぎないと思っていたけれど、実際に会って間違ってはいないということを確信した。

 親切ではあるけれど、出会ったことがないタイプの人。驚きを超越して得体が知れない。むしろ考えが読めなくて、若干怖い。


「佐山ちゃん、俺がどうかしたー?」

 気になった様子のミヤケンがそう言った。

「どうして、手伝いたいなんて言うんですか……?」

 質問ばかりしている気がする。
 でも、そうなるのもしょうがない。

「それは」

 純粋な疑問を述べただけだった。
 けれど、それまで澱みなく動いていたミヤケンの唇が、はじめてリズムを崩したように見えた。

  しかしそれも、ほんのひと時のことで。

「……なんていうの、俺って悩んでる女の子は見過ごせないタチっていうか。ほら、佐山ちゃん可愛いしさ。可愛い女の子の、少しでも助けになれたらなーとか思ったり。それでよければ俺と仲良く、」

 なに、それ。
 その瞬間、戸惑いと驚きで上がっていた体の温度が、すっと冷めていくのを感じた。

「――結構です」

 最後に強くそれだけを言い捨てて、私はミヤケンの前から走り去った。
 背後からなにか言葉をかけられた気もしたけれど、あえて振り返らなかった。