「今にも倒れそうになってる癖になに言ってんだか。岡ちゃん先生呼んでくるからさ、大人しく寝てなよ」


 彼の言うことは、真っ当なものだった。
 現に意識が飛びそうになっている。

 こんなこと、この街に住んでから初めてのことで、本当は恐怖に押しつぶされそうだった。


「……迷惑、かけたくないので。あとはどうぞ、ごゆっくり」


 母の車に乗るまでの辛抱だ。こんな状態で表の校門を歩けば悪目立ちしてしまう。
 電話をかけて、裏門に車を回して欲しいとお願いしよう。


「待てって」


 保健室から逃げ出そうと踵に力を込めた時、私の腕は強く掴まれていた。


「も〜謙斗ってば。その子がいいって言ってるんだから、放っておけばいいのに」
「ごめんねーチカちゃん。でもこんな状態の女の子、俺としては見過ごせなくてさー」


 その貼り付けたような空笑いが、なんだか癪に触る。
 心配してくれているのは、わかっている。だけど私は、見ず知らずの他人に迷惑をかけたくない。


 こんな姿も、見られたくはなかった。


 
「……離してっ!」


 彼の手を強く振り払おうとした瞬間、胃の奥から込み上げるものを感じた。


「……っ、うえっ」


 突然の吐き気に対処する余裕もなく、私は目の前に立つ彼の胸部目掛けて思いっきり嘔吐をしていた。


「は、嘘でしょ!? その子吐いたの!?」
「あー……みたいだねー」
「みたいだねって、ちょっと謙斗。汚いって、離れなよ!」
「こんなの洗えばいいから。それよりチカちゃん、職員室から岡ちゃん先生呼んできてくんない?」
「あたしが!?」
「そ、よろしく。チカちゃん先輩」


 ふわふわと、低い声が響く。

 妙に引き付けられるその声を耳にしていれば、途中でふっと意識が遠のいていった。