「あれ、君……」


 相手と目が合った。
 彼はひとつのまばたきを落とし、私は反射的に顔をうつむかせ、その視線から逃れた。


「隣のクラスの子じゃなかった? たしか春に転校してきた」


 目の前に立ちはだかるのは、見知らぬ男子生徒。
 アイボリーのカーディガンを腰に巻いて、襟元を緩めた気崩しは、なんとなく浮ついた印象を残した。
 

「……あの」


 そこ、どいてください。
 そんな短い言葉すら今は出せなかった。

 この人は言った。私のことを、隣のクラスの子と。
 私はA組なので、彼は二年B組の生徒なのだろう。


「ん、なんか顔色真っ青じゃん。具合悪いの?」
「ねえ、その子。あたしらが来たから出ていこうとしてたんじゃない?」


 鞄を手にした私の姿に、もう一人の女子生徒が言う。
 女の人は三年の先輩だ。ネクタイの色が赤だから。


「えーと。名前は、佐山ちゃんだったっけ? 横になってたのに起こしてごめんね。俺らは出ていくから、早くベッドに戻って」


 心底申し訳なさそうな様子に、私は耳を疑った。
 入ってきたときに聞こえていた軽薄そうな物言いから一変して、彼の言葉には労りがある。

 本当にさっきの声の人かと疑ってしまうほどに。


「いい、です。もう、帰るので……」


 振り絞った声は、ひどくかすれていた。


「帰る? そんな状態で? いやいや、無理でしょどう見ても」
「そこ、どいてください」


 今度は言うことができた。けれど、目の前の彼は一歩も引かずに立ち止まったままだ。