「――あ」

 短い声がもれた瞬間。

 窓を叩きつける粒の音はさらに数を増し、容赦なく耳孔の奥を震わせた。


 ……雨が降ってきた。
 そうだとわかった瞬間、キーンと耳鳴りめいたものが聞こえてくる。

 やがて鼓動は激しくなり、嫌な冷や汗が額と背中を流れた。

 恐る恐る、窓に目を向ける。


 鈍色の雲が裂け、隙間から夕焼けが滲んでいた。

 窓を打ちつける水滴と、空の光が合わさり溶けてゆく。
 それが色濃い赤へと変わり始めた途端、ひゅっと息が切れた。


「……!」

 これはだめだとすぐにわかった。今日の症状は、たぶんかなり重くて、長引く。

 幸い一階にいたこともあり、私は近い距離にあった保健室に駆け込んだ。


 横開きの扉を開けると、強い消毒液のにおいが鼻腔に入り込んできた。
 室内に人の気配はない。電気は点いているので、一時的に先生は席を外しているのかもしれない。


 体調不良の生徒が寝転がれるようにと、保健室には清潔な状態に保たれたベッドが三つ並んでいる。
 それぞれ間仕切りカーテンで隔てられており、私は一番手前側のベッドに近づいた。

 保健室の利用者名簿に、名前を記入するだけの余裕はなかった。

 ベッドに倒れこんで身を縮める。
 次第に大きく強くなっていく雨音は、私の症状の影響なのか、実際にそうなっているのかの判断がつかない。


「……だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 言い聞かせるように呟く。効果はほとんどないけれど、急激に心細さに駆られる身に何度も語りかけた。


 雨が降ると、いつもこうなる。
 頭の奥が鈍い音を立てて、あの日に、戻ってしまう。

 感覚が麻痺して、時がゆっくりと動き出す。

 雨粒の音に混じって幻聴のサイレンがこだまする。
 もう聞こえるはずのない声が、すぐそばで囁くように、私に言葉をかけるんだ。


『……よかった、無事で』

 雨が降ると、いつもあの日を繰り返す。

 幼なじみが死んだ日の出来事を、何度も何度も。

「――っ、ごめん、なさい」



「ちょうど今、岡ちゃん先生いないから平気だって。チカちゃんもベッドの上の方がいいでしょ?」


 私が荒い呼吸を整える合間に、そんな声が室内に響き渡った。

 扉を開けられた音がする。
 誰かが、保健室に入ってきた。