何を…言ってるの?
彼女から発せられた言葉に情報が追いついてこない。
「何を言って…」
「あら、だって当然のことじゃない。鬼頭家が久野家に要求したのは強い封力を受け継いだ娘。つまりそれは私のことよ?本来の役目だった務めを妹の私が引き継ぐ。たったそれだけのことでしょ?」
私は何も言い返すことができなかった。
だって彼女の言い分はもっともだから。
本当なら白夜様の隣に立つのは私ではなく、一華さんなのだ。お慕いしている人がいるからと。
隠世に行くことを強く拒み、見かねた父が代わりに嫁がせたのが私。
でもまさか…
まさか一華さんが好きだった相手が白夜様だったなんて。
「あの♡」
一華さんは白夜様へと顔を寄せる。
目をキュルキュルさせれば上目越しに彼を見つめた。
その美しい顔にはうっとりと顔を紅潮させれば、熱意のこもった甘い表情へ顔を変化させる。
「改めてまして、鬼頭家の花嫁に選ばれた久野一華と申します。貴方様の本物の花嫁ですわ♡あの時は聞けませんでしたが、是非ともお名前を教えては頂けませんか?」
綺麗な顔で微笑めば、うっとりと彼を見つめる。
そんな彼女をジッと見つめる白夜様。
その姿はまるで運命の出会いを果たした王子様と王女様。
「 ッ」
突如、心臓には鈍い痛みが走れば顔を歪める。
胸が苦しい。
今にも張り裂けてしまいそうだ。
どうして…どうして二人は出会ってしまったの?
やっと手に入れた幸せの生活だったなのに。
また奪われてしまう。
居場所も、価値も、愛する人も。
どうしてそこまで私を苦しめようとするの?
どうして私は幸せに生きてはいけないの?
「(嫌だ…お願い。もう私から何も奪わないで)」
もう、何一つとして失いたくない。
私から彼を奪わないで。
だが私にはどうすることもできなかった。
悔しくて歯を食いしばれば、これ以上二人の姿を見ていられなくなり顔を逸らす。
「(苦しいよ、誰か助けて)」
良好だった体は重みを増すと目の前がクラクラし始める。
「…お前は、さっきから何を言ってんだ?」
「!!」
ふいに、体には衝撃が走った。
何か強い力が加われば私を引き寄せる。
見るとそれは私の腰に回された白夜様の腕だった。
長く大きな腕を絡みつけるように私の腰へ巻き付ければ、次の瞬間にはギュッと引き寄せられた。
まるで離さないとでもいうように。
「白夜様?」
不思議に思い彼を見上げてみる。
視界に映るのは冷ややかな瞳で一華さんを睨む白夜様の姿だった。
冷酷な無の感情が全面にさらけ出す。
冷たい負のオーラで威圧する姿は目の前の彼女を怯えさせるには十分すぎる材料だった。
「さっきから黙って聞いていれば勝手なことばかりほざきやがって。ふざけんなよテメェ」
「ッ、ど、どうして…なぜそんな顔をなされるの?鬼頭家の、貴方様の花嫁はこの私ですのよ⁉」
一華さんはブルブルと顔を青くさせた。
だがそれでも白夜様からは視線を外すことなく必死に話しかける。この逼迫した状況を私はただ見守ることしか出来なかった。
「あ?テメェが俺の花嫁?は、笑わせんなよ。コイツが今まで受けてきたお前達からの処遇に、この俺が気づいていないとでも本気で思ってんの?」
「そ、それは!ですが私は何も悪くありませんわ!」
「何だと?」
「それらは全て時雨のことを思ったまでですわ。異能が無い者はどの家系においても辿る未来は残酷。ならば久野家一員の使用人として。一生苦しむことのない人生を送ることこそ、この子に与えられたせめてもの慈悲ですもの」
当たり前のようにそんなことを語る。
そんな一華の姿に白夜は心の底から失望した。
「私は時雨の味方。例え異能が無くても、久野家はこの子を見放したりしませんでしたわ。ならばこの子には隠世なんかで苦しい人生を歩むよりも、現世の世界で最後まで幸せに生きていて欲しいのです」
「黙れ」
「!」
時雨の妹と言うならば、彼女にとっては唯一の血縁者にもなる。だから話し方次第では穏便に済ませてやろうと思っていたのに。だがまさかここまで腐り切った考えで時雨を追い詰めようとしていたとは。
俺の時雨を汚し、大事な花嫁を傷つけようとしている。
何とも生意気ではらわたが煮えくり返る。
これで殺してないのが奇跡なくらいだ。
「それ以上何か一言でも喋ってみろ。そん時はそのこ奇麗な口を引き裂いて二度と無駄口を叩けねぇザマにしてやる」
「ヒィ、」
怒りが頂点に達した白夜様の様子に一華さんはブルブルと体を震わせた。
そんな彼女を白夜様は鋭い動向で射貫く。
「そのピンク畑の頭に脳みそ敷き詰めてよく聞けよ?俺の花嫁は未来永劫コイツだけだ。誰が何を言おうとコイツは俺のもんだ。コイツとの仲を引き裂こうとする奴は誰であろうと許さない。それが例え、血の繋がりを有する者であってもだ」
「!」
一華さんはとうとう白夜様の圧に押し負けるとバランスを崩してその場に座り込む。床を見つめると何かを必死にブツブツと呟き動かなくなってしまった。
「これが最後の忠告だ。今度また時雨に手を出そうだなんざ馬鹿な真似してみろ。そん時は容赦しねぇぞ。今回は見逃してやる。だが二度はねぇ。それをよく頭に叩き込んでおけ」
その言葉に彼女は小さく反応する。
私はその間、彼女に何も言い返せなかった。
白夜様は彼女を冷たく一瞥すると私へ向き直る。
「待たせて悪かった。もう用は済んだしさっさと帰ろう。お前の体が心配だから早く戻って休もう」
私はただ白夜様を見つめることしか出来なかった。
彼は先程までの表情とは一変、いつもの心配そうな顔で私を見つめると静かに微笑んだ。
「行くぞ」
私の手を握りしめると向こう側へと引っ張って行く。
私はどこか安堵の気持ちを覚えた。
後ろを振り返られば彼女の姿が見える。
でも自然と視線は前を向いた。
静かにその場を離れれば、二人で隠世へと戻っていったのだ。

「…許さない。絶対に」