「本当にこれだけでいいのか?」
「もういいです!本当に勘弁して下さい!」
あれからカフェを出た私達は近くのショッピングモールに来ていた。
京都には他にも有名な観光地が多数あるのだが、私の体を考慮して今回は駅周辺の散策をすることになった。だがモールに入るなり白夜様がやり始めたのは服の物色だ。
「お、これお前に似合いそうだから買っていくか」
「ん~これもいいな。悪いがこっからここまで全部頼めるか?」
なとど言って、スマートな足取りでブランド店に入るや否や側に控えていた店員さんに指示を出すと私の服を大量購入しようとし始めたので慌てて引き止めた。
「白夜様、そんなに買って頂かなくとも私は大丈夫ですから!」
「あ?もしかして金の心配してる?なら安心しろ。こんなモールの一つや二つ買い占めるぐらいクソほど簡単だ。なんなら今度、鬼頭家の隣に建設でもするか?」
「ヒィー!!」
すさまじく恐ろしい計画を悠々と語る彼には冷や汗が止まらない。ニィっと笑うと舌を突き出し、気分よさげに謎の黒いカードを財布から取り出してはいるがそういう問題ではない。
改めて鬼頭家の財力を見せつけられた。
たが普段の生活が板についた私には到底理解出来ない領域だ。
その後は何とか説得して全部買われるのだけは免れた。
だが白夜様はご機嫌斜めのご様子。
「お前はもっと俺に甘えろよ。服でもコスメでも、欲しいもんならなんだって買ってやれるのに」
「贅沢はしない趣味ですので」
「け、お前は相変わらずだな。少しは贅沢を覚えろ。まあでもそのうち嫌でも味わうことになるだろうけど」
「え」
「当然だろ?お前は俺の花嫁なんだから」
ぜ、贅沢…。
そんなことが果たして私には可能なのか。
まさか今後もこうして貢がされる訳ではないよね??
「まあでも今回は仕方ねぇか。ならぼちぼち隠世に帰るけど大丈夫か?」
「はい。今回は良い療養にもなってたいへん満足です。ありがとうございました」
体調は相変わらずだが隠世にいた時に比べれば大分軽くなった。これを機に向こうでも体調が安定してくれればいいのだが。駅に向かう途中も、白夜様は手を離すことなく繋いでくれていた。
現世に戻れたことは何よりの収穫だ。
今後も戻る機会があれば母上についても調べてみようかと思う。
「は?時雨⁉」
鬼門の地へ戻ろうと駅の改札口まで来た時のことだった。誰かが私を呼び止めれば、そこにいた人物に驚愕した。
「い、一華さん⁈」
忘れもしないハニーブロンドの髪。
薄ピンクのロングコートに身を包めば、彼女もまた驚愕の顔でこちらを見つめていた。
「は?なんで、なんでアンタがここにいんの?なんでまだ生きているのよ」
彼女は信じられないといった顔で私を見る。
一ヶ月ぶりの再会だが相変わらず綺麗で特に変わりはなさそうだ。
でもなんと声をかければいいのか分からない。
自分は久野家をとっくに追い出された身。
今更、久野家に戻ることも彼女に会うこともないと思ってたのに。
「い、一華さん…」
「…んで」
「え?」
「なんで…なんでアンタがその人といんのよ!!」
一華さんは私を暫く凝視していたが、ふと隣に立つ白夜様の存在に気が付くと目を見開いた。
次の瞬間、凄い剣幕で私を睨みつければ彼を一心に見つめる。
「あ…やっとまた」
そうして今度は手を差し出せば彼へ触れようと近づいてくる。
「あ?なんだよお前、こっちに近づくんじゃねぇ。コイツには何の用だ」
白夜様は震えたまま声の出ない私を後ろに隠すと一華さんに立ちふさがる。
「!私です。久野一華ですわ!!あの日、貴方様にお声がけした」
一華さんは話しかけられたのがよっぽど嬉しかったのか、歪ませていた顔をパッと明るくさせた。
そして勢いそのままにずいっと彼へと身を乗り出す。
だが白夜様はそんな彼女をスマートに避ければ私を守るようにして距離をとる。
「…誰だっけ?お前」
「ど、どうして…。何も覚えてないと仰るのですか⁉私は貴方様の、運命の相手ですのよ!!」
「!!」
一華さんは悲しみの表情を浮かべた。
それでも愛おしそうに白夜様を見つめれば必死になって呼びかける。
運命の相手?
白夜様と一華さんは過去に面識があるの?
私は彼の後ろから顔を出すと二人の動向を見守る。
その間にも周りの人達がチラチラとこちらを気にしながら通り過ぎていく。
「やっとまたお会い出来ましたのに。なのにどうして、なぜ貴方がその子と一緒にいるのですか⁉」
一華さんはびしりと私に指を突き差せば声を荒げた。
まあ彼女からすれば、私がここにいるだなんて思いもしなかっただろう。
隠世に渡り、無能なまま死んだと思われていただろうし。
「あ?なんの話だよ。つーか、お前こそさっきから何だ。俺の時雨には何の用だ」
「俺の…ですって?まさか婚約者って!」
一華さんが私に視線を戻す。
私はそこで気づいてしまったのだ。
まさか一華さんが前に言っていたお慕いしている人って…
「時雨は俺の婚約者で将来の妻だ。そもそもお前はコイツとはどういった関係なわけ?」
白夜様はイライラした表情で一華さんを見下ろす。
すると彼が放つ強い妖力の気配にようやく気付いたのか、一華さんはハッとした顔をする。
そして全てを理解したのか震え声で話し始めた。
「まさか。では貴方が鬼頭家の…」
有り得ないといった顔で唇を噛めばコートの裾を掴んで俯いてしまう。
白夜様は心底面倒くさそうに彼女を見つめ溜息をつくも直ぐに私へ向き直る。
「体、大丈夫か?早く隠世へ戻ろう」
そう言い差し出された手。
私は静かにそれに頷けばその手をとる。
そうして彼に引かれるまま後に続いて歩き出す。
「ま、待って!」
「チッ、そこをどけ」
だが歩き出して直ぐ、一華さんは勢いよく私達の前に躍り出れば行く手を阻む。
白夜は思わず舌打ちをした。
「私が貴方の花嫁なんです!」
「あ?」
さっきまでとは一変、一華さんはニッコリした顔で笑いかけた。
「本当は鬼頭家に嫁ぐのは私だったんです。ですがある事情が重なって。そんな私の様子を見かねて時雨が代行してくれたんです。ですがもう心配いりませんわ。ね、時雨!」
「え?」
突然こちらに話しを振られビックリしてしまう。
恐る恐る彼女を見てみれば顔は笑っているはずなのに目には殺気が帯びていた。
あの顔、前にも見たことがある。
不気味な程に笑顔で私を見つめる姿に体は自然と震えだす。
「ごめんね、今まで大変だったでしょう?異能が無い身で隠世に渡ったのだもの。体もとてもきつそうだわ。でももう大丈夫よ。後のことは全部、この私に任せてね!」
「一華さん、何を…」
「分からない?私がこの方の花嫁になると言ってるの」