凄い、本当に鬼神様なんだ。
なら隠世を形成して妖を生み出したのも彼ということだよね。
「あの、白夜様って過去に鬼神だった時の記憶とかはあるんですか?」
もし残っているなら、なぜ隠世を作ったのか。
なぜ一度生まれ変わったのかとか。
詳しい経緯が知れるかもしれない。
「知りてぇの?」
「はい!どんなお方だったか凄く気になります」
「…」
「白夜様?」
だが期待の眼差しを向ける私の一方で、白夜様は顔から表情を無くせば一点を見つめたまま動かなくなった。
何か嫌なことを聞いてしまったような気がする。
私はこの時、自分の犯した失態を酷く後悔した。
「白夜様、申し訳「ねぇな」え?」
慌てて謝罪しようとすれば、そんな言葉を遮るようにして彼は口を開く。
「過去の記憶なんて残っていねぇ。だから実際はあんなこと言っときながら、本当に自分が鬼神なのかなんて分かんねぇんだ。俺が生まれつき持っていたのは、このクソほどムカつく美しい容姿と妖王の力さえも超える強い力だった。周りが鬼神の生まれ変わりだと、そう口を揃えて言う度に俺の中では葛藤の渦がうずいていく」
「白夜様…」
「俺は俺という一人の妖なのか、鬼神の生まれ変わりなのか。記憶もない身で迫られたとしてもどうしようもねぇだろ。だからこそ俺は、この容姿と鬼神という価値でしか求めない周りが酷く憎らしいよ」
そうか、この人だって一人の妖なんだ。
例えそれが本当に過去、偉業を成し遂げた鬼神様であったとしても。
本人にはその時の記憶がない。
そんな彼に鬼神様だと決めつけて。
多くの妖達が期待を寄せたところで目障りな対象にしかならないだろう。
「でも、私…白夜様のことが好きです」
「!」
「前にも言った通り、私は白夜様だから好きになりました。初めて会った時は鬼神の生まれ変わりだなんて知りませんでしたし。それは後から知ったことです。それでも私が好きになったのは白夜様です。ですからどうか、そんな苦しいお顔をなさらないで下さい」
言葉に偽りはない。
私は白夜様が鬼神様だと知って好きになった訳でなく、彼だから好きになったのだ。
もし彼が過去の記憶を思い出し、本当に鬼神様だったとしても。
今の気持ちは変わらない。
例え鬼神様だとしてもそうでなくとも。
白夜様本人をみてあげなければそこに意味はないんだから。
「私は貴方だから好きになりました。この先もずっと。どうか私を貴方のお傍にいさせて下さい」
「ッ、お前!!それは反則だろうが//」
はて?何か変なことを言っただろうか。
白夜様を見れば顔を真っ赤にさせていた。
何やら顔に手をあてるとブツブツと独り言を呟いている。
「はあ~」
暫くすると、彼は大きく吐息を漏らすと顔から手を離した。紫色の瞳でジッと私を見つめる姿は相変わらず美しくてドキドキしてしまう。
だが今の顔は何というか…
とてもギラギラしているような。
「やっぱお前スゲーな。そこまで無自覚な爆弾発言してくれちゃうとマジで意識レベルを疑いそうになるわ。俺、そろそろ身が持たねぇかも」
「どういうことです?私はただ白夜様だから好きとい「だ~もういい!!ちょっとお前黙れ!」ん、」
白夜様は慌てた様子で私の口を押さえ込んだ。
よく見ると耳まで真っ赤になっている。
「お前が俺を好きなことはよ~く分かった。だからもういい、それ以上何も言うな。真面目にそろそろ理性がぶっ飛んじまいそうだわ。…マジでやべぇって」
「?」
「ふ、でもありがとな。やっぱ俺、お前を好きになって良かった。契約を結んだし、俺はお前を離すことはしねぇけど。お前からの意思もこれでよく伝わった」
「私は私の考えを言ったまでです」
契約を結んだのは大きいが。
でも結ばなくともきっと、私は白夜様の側を離れる気はなかったと思う。
それが私の掲げる私情でもあるのだから。
「決めた」
白夜様は私の手をとれば自分の手でそっと包み込んだ。
大きな手、肌は滑らかだけど骨ばっていて男性の手付きそのものだ。
こうして自分の手と比べても大差がある。
掴まれた手はすっぽりと彼の手に収まってしまう。
「俺、一生お前を守るよ。だからお前も、一生俺から離れんなよ?約束な」
約束、その言葉を彼が口にするには強すぎる。
彼を見れば、アメジストの瞳はぶれることなく私を捉えると離さない。
私は一気に体に熱が帯びたのを感じた。
でも不思議と心はクリアで心地良かった。
今までにも沢山の嬉しい言葉を貰い、それを素直に受け取ってきたつもりだった。
でも彼の抱く心の葛藤までは知らなかった。
だから今日、こうして新たに知ることが出来た私はこの人をもっと好きになれた。
やっぱり私は白夜様が好きだ。
「はい、勿論です」
その手を内側から握り返すと彼に微笑んだ。
私達の心が一つになった瞬間だった。