約束の日、私は現世へ行くため身だしなみを整えていた。あれから鬼頭家に来て一ヶ月は経ったと思う。
それでも向こうの世界はまだ冬。
寒くないようコートを持っていこうかと思う。
「なんか隈が濃くなっている」
鏡に映る自分の姿を観察する。
見れば目の下にある隈が以前に比べて濃くなっていた。
最近では謎の悪夢にもうなされるようになった。
満足な睡眠もとれず、昼間の生活にも支障が出始めれば回復の兆しは一向に見えない。
「どうして…何が原因だというの?」
ここまで何事もなくやれていたはずなのに。
ふと、腕に感じる感触。
そこにはいつの間に戻ってきていたのか白蛇さんが巻き付いていた。
「白蛇さん、まだ具合悪い?」

—シャ、、

白蛇さんはぐったりした顔で私を見上げれば覇気のない返事を返す。
「ごめんね、私がもっとしっかりしていれば。白夜様が来たら直ぐに現世へ行こうね」
私は優しく頭を撫でてあげる。
白蛇さんは気持ちよさそうにするも、目を閉じたまま動かなくなってしまった。
「時雨」
ノック音と共に部屋の扉が開けば白夜様が入ってくる。
普段の袴姿とは違い、今日は私服だ。
初めて見たが凄くカッコよくてドキッとしてしまう。
「準備はできたか?」
「はい、丁度終わったとこです」
「…そ」
「どうかしましたか?」
彼は私の姿を見れば黙り込んでしまう。
「お前さ、本当に体大丈夫か?」
「え、何故ですか?」
「見る度に窶れていってるし、妖力消費も日に日に激しくなってる。メイクとかすげー可愛いし似合ってる。でも目の下の隈は誤魔化せねぇぞ」
何ということだ。
絶対にバレないようアイシャドウで誤魔化したつもりが開始早々あっさり見破られてしまった。
そんなに酷いのかな…。
「そ、そうですかね?でも大丈夫ですよ」
「もしかして…」
「?」
「いや、なんでもねえ。前にも言った通り今から現世へ渡る。現世へ渡るのは本来禁止だから空船は使わない。代わりに俺の妖術で鬼門の地までお前を運ぶ」
黙って頷けば差し出された手。
私はその手を徐に握る。
すると私達の周りには不思議な模様の波紋が形成された。波紋は金色に変わると輝き始める。
眩しくて目をつぶれば体に浮遊感を感じた。
「目、開けていいぞ」
白夜様の声でゆっくりと目を開ける。
見るとそこはお香さんと初めて会った時に居たあの場所だった。両世界を仕切るために張られた結界は虹色に輝いている。
これが隠世側から見た結界領域か。
「ここを普通に潜ればいいだけだ」
「…本当に行けるのですか?」
簡単に言うがどうも信じがたい。
「怖いなら手を繋いどいてやるよ」
白夜様は結界に向かって歩き出す。
そうして結界の手前までやって来ると、何のためらいもなく中へと入って行き姿が見えなくなった。
「ッ」
怖い…。
もしも自分は渡れなかったら。
そう考えると足がすくんでしまう。
手元を見れば、繋ないだままの白夜様の手だけが見える状態。私はその手を離さないよう強く握れば覚悟を決めて結界に足を踏み入れた。
「目、開けろよ」
「ッ、…あ!」
「な、出られたろ?」
目を開けるとそこは近藤さんに連れられやって来た鬼門の地の入り口だった。後ろを振り返れば中央には石段があり両側には桜が咲き乱れている。
上を見ればこの場所を象徴する大きな赤い鳥居の門。
「…本当に、戻ってこれた」
こんなにも戻ってこれたことを嬉しく感じる日が来るだなんて。
隠世とは違い、やはりこちらの空気が気持ちいい。
その余韻に浸るように肺一杯に新鮮な空気を取り込んだ。
「まずは駅に向かうけど、体調に異変を感じたら直ぐに言えよ」
白夜様はそう言って石階段を降りて行くので続くようにして私も降りる。
「ほら」
「え?」
そう言って差し出された手を不思議そうに見つめた。
「デートなんだから繋いでくれるだろ?手」
白夜様は意地悪そうにニィっと笑った。
私も笑ってその手をとれば二人で歩き出す。
そうだ、今日の目的にはデートも含まれているんだ。
私の体を考慮しつつも、こうしてデートに誘ってくれたんだから。
「(デートか)」
考えたら急に恥ずかしくなってしまった。
繋がれた手元を見れば、体温が伝わってくるのか温かかった。
「今日はこっちの空気に体を慣らせ。でもあんまお前の体に負担をかけたくねぇから休み休み行くって感じだな」
「はい、ありがとうございます」
坂を降り鬼門の地を後にする。
人が行き交う場所までやって来ると私達は現世の世界に溶け込んでいった。