酷く懐かしい夢を見ていた気がする。
夢から覚めるように意識が浮上していくと視界に入った白い天井。
あれ?
確か私、病室のベットで眠って。
「起きたか」
「白夜様?」
ぼーっとする頭で考えていると横から声がかかる。
顔の影が差し込めば視界に映り込んだのは白夜様だ。
「お、起きたようだね」
私が起き上がるのと同時に扉が開けば鳳魅さんが入ってきた。
「あれから少しは休めた?」
「うん。少し休んだらスッキリしたかも」
夢の内容は上手く思い出すことができないが。
体の疲れもとれて、さっきよりもマシになった気がする。
「それは良かったよ。若が迎えに来てくれたようだから、今日は屋敷に戻ってゆっくり休みな」
「白夜様が?」
驚いて白夜様を見れば、彼は腕を組んだ姿勢で溜息をつく。
「妙に朝から様子が変だし。まさかと思って来てみたらこのざまか」
そこまで重症ではないから心配いらないと思っていた。
だが白夜様には気づかれていたようだ。
「わざわざ来て下さったのですか?」
「鳳魅に用があったついでに立ち寄っただけだ」
「若も素直じゃないな~。心配して迎えに来たって言えばいいのに」
鳳魅さんが面白そうに後ろから白夜様をつつく。
「別にそんなんじゃねーよ。…で、コイツ連れて帰るけどいいの?」
「その為に来たんでしょ♡時雨ちゃん、君には少し休憩が必要だ。うちのことは僕に任せて暫くはしっかり休みな」
「え、でもまだ試薬の途中だし。やらなきゃいけない他の仕事だって残っているのに」
「だめだめ。無理して悪化させるより今は体調が第一優先。心配しなくとも元気になったらまた来ればいいさ」
鳳魅さんはそう言うけれど。
最近はここでの仕組みにもようやく慣れてきて軌道に乗ったばかり。一日でも早く一人前にならないと鳳魅さんを救うための薬も浄化薬だってまだ作れていない。
「でも私、やっぱり「埒が明かねー、ほら帰んぞ」え?ちょ、白夜様!」
ふいに体が浮き上がり驚いてしまう。
見れば白夜様が立ったままの姿勢で私をお姫様抱っこしていた。
「白夜様、大丈夫です。私、一人でも歩けますから!」
慌てて降りようとするもビクともしない。
それどころかスタスタと玄関まで歩いていく。
「いいから大人しくしてろ。帰り際に倒れられても困る。じゃあな、世話になったな鳳魅」
「ご苦労様~。ふふ、時雨ちゃん愛されてるね~。これぞ青春って感じでなんだか興奮してきちゃったよ♡」
吞気にそんなことを言う鳳魅さんに呆れてしまう。
「(あ、白蛇さん置いて来ちゃった)」
でも今はあそこにいた方がいいのかもしれない。
「大丈夫か?」
暫く歩くと白夜様が話しかける。
「最近、やけに俺の妖力が乱れて消費している。妙だとは思ってたが、まさかお前の不調が原因だったとはな」
「なぜ私が不調だと分かったんですか?」
「死の契約でお互いが縛られたあの日、俺達の間では妖力の共有が行われた。俺の妖力がお前の中にも流れたと同時に、お前の状態や居場所の把握が俺にも分かるようになった訳」
なるほど、だから体調の変化にも気付いたんだ。
白夜様の妖力が乱れた原因。
でもそれって大いに問題ありなのでは?
「白夜様、もしや私の体調を一定に戻そうと送り込まれる妖力が激しいのでは?それが体に負荷をかけているとしたら」
だとしたらまずい!
今までは神獣の加護があったお陰で体の安全は保証されていた。だが今はその神獣が弱っている。
そのせいで私の体調が一定にならない。
その足りない分を彼が代わりに補助してくれてるとしたら。
「問題ねぇよ。俺の妖力は多いし。少し乱れたところで調整は幾らでもきく」
「しかし」
「お前は何も心配しなくていい。神獣の代わりにお前を保護することぐらい俺にとっては造作もねぇよ。それに…何かあれば俺に言えっていつも言ってんだろ」
チラリと白夜様を見れば心配そうな顔で見つめていた。
こんな時でさえ、そのえらく整った美しい顔には心臓がいくつあっても足りない。
恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「申し訳ありません。あれぐらいなら大丈夫かなって」
「大丈夫じゃねぇだろ。神獣もあんなに弱っちまって。なあ、俺ってそんなに頼りねえ?」
白夜様はその場で歩みを止めると私を見つめた。
「大切な女が苦しんでんだ。黙って見過ごせるかよ。だからこれからはもっと俺のことを頼れ。な?」
ああ、本気で私を心配してくれてるんだ。
それがどうしようもなく嬉しかった。
「白夜様…ごめんなさい。でも、ありがとうございます」
私がその懐へ顔を預ければ、抱きしめる手には少しだけ力が籠った。
彼が再び歩き出す姿を腕の中から黙って見つめた。
「現世に行く」
「え?」
もう少しで屋敷というところまで来ると突然彼はそう告げた。
「あっちはこっちに比べて邪気への害も少ねぇし、今のお前には好都合だ。療養ついでに現世へデートしに行こうぜ」
「現世にデート?」
それには思わず目を丸くした。
「しかし、現世にはもう戻れないのでは?」
隠世に渡った花嫁は現世に戻りたくとも強い結界によって不可能。
一度こちらへ渡ってしまえば永遠に元の世界に戻ることは出来ない。
「鬼門の地には強い結界が張られています。戻りたくとてそれは不可能です」
「それが出来んだよな~、俺とお前なら」
「どういうことですか?」
白夜様と私なら現世に行ける?
それは一体どういうことなのか。
「ま、細けぇことは気にすんな。今度の休みに二人で現世に渡る。今は何も考えずお前はゆっくり休め」
白夜様はずる賢そうな顔で笑った。
もし、本当に現世に帰ることができるのなら。
彼の言うことが本当なら、私にもまだチャンスがあるということ。半信半疑ではあったが、その日が待ち遠しくなってきた。
だがこれが後に、その先の人生を大きく狂わす事態へ事を発展させていくだなんて。
当時の私達には知る由もなかった。