「なんと愚かな。貴様の下らん遊びに付き合うつもりはない。とっとと去れ」

自分がこの座を降りる未来もそう遠くはない。
そうなった時、アイツの花嫁にコイツが手を出そうものなら。
それが例え狐野家当主とて無事では済まんだろう。
嫉妬に狂った鬼神ほど恐ろしいものはない。
あの子の真相もいずれ世間に知れ渡る。
だがアイツが守ろうと言うのなら、そこに口を出す義理はない。コイツが指を咥えて大人しくしているとは思えんが。自分が生きているうちは鬼頭家に手は出させん。

【ほんと君はつれないね。その余裕気な顔も実に不愉快。僕はそういうタイプが一番大嫌いだ。でも君がその座を下りれば次なる当主はあのガキ。せいぜい僕を楽しませろ。…ああ、最後に一つだけ君に忠告しておくよ】
「…」
【最近、術家の人間が裏で動いている。君達も警戒することだね】
「!!それはどっち(・・)が言っている?」
【さあ~どっちかな。じゃあね鬼頭君、鬼神君に宜しく】

その言葉を最後に狐野家はモニターから姿を消した。
深夜は真っ黒になったモニターに溜息をつくと定例会議は幕を閉じた。



何だろう…。
最近、体の調子が悪い。
もちろん体調には人一倍気を使っている。
最近は白蛇さんの加護もあるし、心配はいらないと思っていたのに。
「そういえば鳳魅さん、最近は白蛇さんここに来ると直ぐに蓮池の方に行くね」
「あ、時雨ちゃんも気づいてた?あの池は生き物の体を癒す作用があるからね。な~んか最近になってからはあの子、池の中に入ったっきり中々出て来ないだろ?僕も心配だったんだよね~」
生き物にとって蓮の池はとても神聖な場所。
白蛇さんのような神獣には特に。
最近は白蛇さんがあの池に籠りっきりのとこきて私の体も不安定気味。
でもまだ重症ではないため誰にも話してはないけど。
「(お翠さんの件が解決したばかりなのに)」
彼女はその後、白夜様から補佐としての役目を降ろされたと聞く。
でも彼は私との約束を守り、殺すことはしなかった。
彼女も一から働き始めているようだから問題はないだろう。一日私の部屋で寝たら体も回復したようだしもう安心だ。
因みにその日、私は客室を借りて寝た。

【お翠がお前の部屋使ってんなら寝るとこねぇだろ。夫婦の契約ついでに俺と寝とく?】
だなんて。
下心丸出しのその発言には丁寧にお断りさせていただいた。本人は何故か凄く不満気だったけど。
「ねえ時雨ちゃん、最近体調とか大丈夫?」
「え…ま、まあ正直なところ少し不調ではある」
「やっぱり!なんか可笑しいと思ったよ。本来なら蓮池はパワーが強いし使いすぎはよくないのに。あの子ったら一日中水の中に浸っているし。君の様子もいつもと違うし」
やっぱ鳳魅さんは騙せないか。
流石、薬師してるだけある。
こんな些細な変化も見逃さないとは。
「あはは…でも今はまだ動けるし。これくらい許容範囲内だから大丈夫だよ?久野家でも気にせず働いてたし」
あの家で休むだなんて考えられなかった。
例え大怪我や病気になっても父達の関心が自分に向くことはなかった。
仮に休んで一華さんのお世話が出来なくなって、後でガミガミ怒鳴られるのだけは絶対に避けたかったし。
「も~、ここを久野家と一緒にしちゃ駄目!異能を持たない君の体はただでさえ僕の傍に居たら毒なんだよ?加護の蛇は弱っているしで君の体に大ダメージじゃないか。ほらこっち来て!」
鳳魅さんは私の手を掴むと奥の部屋へ引っ張っていく。
通された部屋は病症用のベットが三つ並んだ医療室だった。中に入ると病院特有のツーンとした薬品の臭いが鼻をかすめる。
「ほら、ここで横になって少し休んで。仕事のことは気にしなくていいから」
「ごめん…。じゃあ少しだけ休ませてもらうね」
ベットに入って横になる。
どうして、なんで今になってこんなに体が安定しないの?
「ここに来て色んなことがあったけど。それが今になって体に出てきてるのかな?」
「それもあるだろうけど。でも神獣があそこまで弱っているのは珍しい」
「そうなの?でもあの子はまだ赤子だし、弱いのは当然じゃない?」
「赤子といっても五百年は生きている筈だ。赤子の神獣は僕らの寿命より遥かに格上だし」
え、じゃああの白蛇さんはあんな見た目で本当は赤ちゃんではないということ?
生まれたばかりって聞いていたから本当に赤子かと思っていたのに。
「僕の勘が正しければあれはきっと…」
「?」
「いや、なんでもない。取り敢えず今はゆっくり休みな。また様子を見に来るからさ」
「うん、ありがと」
鳳魅さんが出ていくと部屋はシーンと静まり返り、居るのは私だけとなった。
「鳳魅さん、何を言いかけていたんだろ」
白蛇さんの様子を思い返す。
触角も下がっていて、腕に巻き付く力も緩んでいた。
考えてみれば白夜様からきちんとお世話の仕方を聞けていなかった。
もし自分のせいで白蛇さんが苦しんでいたら。
「眠い」
暫くすると眠いせいか頭が痛くなってくる。
天井を見上げれば意識が朦朧としてくる。
目を閉じれば眠さに耐えきれずその意識を手放した。