「夫婦の契約ですか?しかし私は白夜様に嫁ぐ身です。今更そんな契約する必要ないんじゃ」
「だがまだ結婚してねぇだろ?今の俺達の関係は言わば婚約者同士に過ぎない。今ここで夫婦の契約をしっかり結んでおくことで、お前を俺に繋ぎ止めておこうと思ってな」
そうニヤリと笑う顔を見つめる。
何故わざわざそんな契約を?
もしかして、まだ私が逃げるとでも思っているのだろうか。
「ま、細かいことは気にすんなって。助けたいんだろ?」
この人、なんでさっきから笑ってるんだろう?
なんか嫌な予感がする。
でも彼女を助けたい気持ちは変わらない。
「分かりました。しましょうその契約」
所詮、白夜様とは一度契約を結んである。
将来はお従いする身なのだ。
ここで契約の一つ増えたところで特に問題はないだろう。その時の私はそう思っていた。
「よし、なら左手を貸せ」
白夜様は私から顔を離す。
やっとご尊顔かや解放されて一息つくも、手を差し出すよう言うので恐る恐る左手を差し出した。
「いいか?言質はとったからな。互いの意思に則り、これで(永遠に)お前は俺のもんだ」
白夜様はそう言うと何のためらいもなく私の手の甲へ口付けをした。
「え、いっ!」
突然の口付けに驚くも手首の周りが激しい熱を帯び始める。じりじりとした激痛に思わず顔を歪めるも痛みはわりと直ぐ和いだ。
見てみると、そこには手首一周を囲うようにして鎖状の模様が浮かび上がっていた。
「ん、初めてにしては上手くいったな」
見せてきた白夜様の手首にも同じように鎖状の模様が付いていた。
「それで、この契約には一体どんな意味があるのですか?」
「まず俺の作った契約は大きく分けて二パターン。一つは俺との間に生まれた主従により発生する契約。別名『生の契約』。通常は表向きに用いられるもんだ。お前と結んだあの契約もこれだ」
ならば他の妖達や鳳魅さん、お翠さんもこの契約によって白夜様と主従関係を結んでいるということか。
「もう一つ」
そう言いジリジリとこちらへ近づいて来た白夜様。
私は思わず後ずさるも直ぐ後ろは壁であり、背中が付いてしまうとこれ以上は下がれない。
白夜様は私の目の前へ跪ずく。
両手を壁に置けば私を挟み込むような形で見下ろした。
ジッと私を見つめる瞳からは強いオーラが感じ取れる。
恐怖で体は硬直するも、謎に白夜様からは目を離せない。
「今までどの妖にも使ったことはねぇ。求めなければ存在さえ知ることはない。俺が裏向きに編み出した史上最大の契約。それが『死の契約』だ」
「死の契約?」
「相即不離縛りとも言って、相手だけでなく俺自身にも強い縛りがかかる。この契約をすれば切っても切り離せねぇ関係が互いに生まれる。もちろん俺にも解除することはできない」
生と死、二つの契約。
うち、死の契約は白夜様でさえ解除不可。
一回結べば永遠に解けない。
使う相手によっては先の人生を大きく左右させる。
「死の契約?」
「そ。(ニヤリ)」
「…?…!え、ま、まさか、その契約!!」
「そゆこと~」
やっぱり!
さっきしたのは死の契約だったんだ!!
つまり彼は生まれて初めて死の契約を私に使った。
そして互いを強い契約で縛り付けてしまったという訳だ。
「なぜそれを使ったのです⁉しかも内容って夫婦の契約でしたよね?つまり私達は一生夫婦として離れられなくなったわけですよ?」
「そうだけど?」
「それが何を意味するか分かっているのですか⁈どちらか一方が欠けてしまったら、相手にも同じ代償がかかるのです。デメリットだらけの私にその契約を使用するだなんて。貴方には何のメリットも残らぬというのに!」
「あ?んなの腐るほどあんだろ。俺はお前が好き。だからこれで永遠にお前が手に入った。お前は俺に守られる。だから大方のリスクをこれで必要最小限に抑えられる」
「ほんと得しかねぇな~」なんて吞気に私の頬を撫でる大きな手。
私は啞然として言葉が出て来ない。
狂ってる。
もし万が一、私が無能である事実が隠世界にばれたら。
私に何かあったとしたら白夜様までもが。
「私達の関係はいずれ世間にばれてしまいます。私が死ぬようなことがあれば、白夜様も死んでしまうかもしれません」
「構わねぇ」
「…え」
つい感情的に目の前の彼へ迫る。
そんな必死な私とは反対に白夜様はどこか落ち着いていた。何も言わずに笑ったまま私の頬を撫でていたが、ふと手を止めれば今度は両手で私の顔を包み込んだ。
突然のことにビックリするも、彼は顔を近づければコツンとおでこ同士がぶつかった。
「好きな女の為なら。お前の為なら、この先何が起ころうと自分の命ぐらい喜んでくれてやる。…なあ時雨」
ーー俺はお前を愛してる。