やって来たのは白夜様の部屋。
部屋はお屋敷の中でも離れに位置していた。
周りは静けさに包まれ、河鹿の音しか聞こえない。
「…ここか」
あの話が本当なら、お翠さんは白夜様との契約に反した。裏切りの代償としては殺されてしまうだろう。
ただ一つ疑問があった。
謹慎を強いられた日から今日まで、数えるなら三日は経過している。
なのにお翠さんは死んでいないという事実。
私の考えが正しければ…。
大丈夫、話せばきっと分かって頂けるはず。
「(…何て声をかければ)」
折角ここまで来たというのに声をかけることができない。ただお声がけすればそれで済むものを。
白夜様相手だとどうも上手くいかない。
固まったまま扉の前で静止すること数分が経過。
「(ど、どうしよ…でもずっとここに居るのも)」
「いつまでそこにいるつもりだよ。早く入れって」
「!」
私の気配を感じ取ったのか部屋の中からは白夜様が声をかける。私は意を決すると目の前の襖を開けた。
「失礼します」
中に入れば、白夜様が肩肘をついて煙管を加えていた。
「遅かったな」
「もしかして私が来ることをご存知でした?」
「さあな」
上手くはぐらかされたような気もするが。
彼のことだ。分かっていたに違いない。
「夜分遅くに申し訳ありません」
「別に。お前ならいつ来たって構わねぇよ。つーか、むしろ来い」
「え」
「俺ばっかお前の部屋に行くのも面白くねぇし」
白夜様がふーッと息を吐きだせば紫色の煙が立ち込めた。不思議と臭いはしない。
「…その煙」
「あ、悪い。もしかして無理だった?なんなら直ぐに消すけど」
「いえ、そういう訳では。ただ鳳魅さんと使っているものが同じに見えて」
仕事中、彼もよくシーシャを加えている。
でも色は一緒だが、向こうの方は特有の臭いがしていた。
「アイツは酷ぇヘビースモーカーだからな。俺の場合はベイプ」
なるほど、だから煙草特有の臭いがしないのか。
現世でも葉巻タバコより電子タバコの方が害も少ないしな。
「隠世にもべイプがあったとは驚きです」
「健康上、最近はこうしたもんも多く開発されてんだ。俺は興味本位でやってるだけだけど」
「白夜様も健康に気を遣ってるんですね」
「そりゃあ気を遣うだろ。半不老不死とはいえ、奴らもこの歳でニコチンやタールごときに肺なんかやられてみろ。人間ドックすらここにはねぇんだぞ」
人間ドッグって…。
まるで現世の制度を知ってるかのような物言いだ。
まあでも、彼らは人間とは違って滅多に死ぬこともないだろうから。
ここで葉巻を吸おうが吸わないが体に影響はさほど無いはずだが。だが健康診断の代わりといってはなんだが、こうした開発も行われているのか。
「で、今日来たのは単なる訪問ではないんだろ?」
「…そうですね」
「…お翠か?」
やっぱり知っていたんだ。
突然部屋に来たにも関わらず全く驚いていないし。
なら私がこの件に絡んでくることを少なからず予測していたというわけか。
「…はい。お翠さんとの契約の件なのですが。何とか彼女を許してやっては頂けないでしょうか?」
「契約の内容を聞いたのか?」
「白夜様との契約には強い主従関係が生まれると。それでその…もし契約を破ると」
「ソイツは俺に殺される。だろ?」
「ッ、」
いざ本人の口からそれを言われると怖くて何も言い返せない。白夜様は黙り込んでしまった私の目の前までやって来ると正面に座り込んだ。
「まあ間違ってはねぇよ。あの契約は俺が作り出した特別なもんだ。上手く使えは吉、悪く使えば凶。どっちに傾くかはソイツ次第だからな」
「では凶だから殺すと?」
「契約に則ればな」
「そんな…」
契約は白夜様が作り出したもの。
全決定権は白夜様のみ有効。
だがその逆を言えば、契約の規約を自由に操れるのも白夜様にのみ有効。
「助けて欲しい?」
「え」
「アイツを助けて貰いたいからここに来たんだろ?」
彼はジトリとした目をこちらに向ける。
もしや私の考えは既にお見通しだということ?
契約の話を直接教えた訳でもないのに私はここに来た。
ならお翠さんを殺さないよう私が頼みに来ることを最初から知ってたということ。
頼めば望みはあるということなのか?
「助けて頂けるのですか?」
「んーどうしようかな~」
「え、ちょ白夜様!!」
待て待て、助けてくれるんじゃないの?
だってそうじゃなきゃ!
「お翠さんの謹慎期間から今日で三日です。契約に反したにも関わらず彼女は生きています。それはつまりそういうことなのでしょ?」
「お、お前案外賢いな。小っこいからまだまだ子供かと思ってたのに」
「ば、ばかにしないで下さい。これでも成績は上位トップスリーに入ってました」
「は、なんだそれ」
白夜様は面白そうに私の頭をガシガシと撫でてくるが髪の毛が乱れるからやめて欲しい。
「で、助けて頂けるんですか?」
「ま、お前次第だな」
「と言いますと?」
「ぶっちゃけお前の行動次第でどうすっか悩んでたけど。まあお前は助けたみてぇだし?そのお情けにかけて、今回ばかりは見逃してやってもいいぞ」
「本当ですか⁉では「ただし条件つきで」…え?」
刹那、私は顎を掴まれれば白夜様がずいっと顔を近づけてくる。
美しい瞳が私の目とかち合う。
私達の距離は一気に縮まれば、その服からは上品な香の香りが漂う。私は思わずドキリとしてしまう。
「…じ、条件」
「そう。まさかこの俺が無償でこの件に承諾でもすると思った?代わりの対価はきっちり貰わねぇと割に合わねぇだろ」
白夜様はお翠さんを許す代わりに条件を所望している。
何だろう…妙に気味が悪い。
得体の知れない感覚が体を駆け巡れば居心地が悪くて仕方ない。
どうする?
「あ、あの…」
「で、どうすんの?この条件呑むか?悪いが俺は気が短けぇ~タイプだからさ。そうやってお前がグズればアイツは俺に殺されちゃうかもな~」
彼はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて私を見つめる。顎へ添えた手は離すこともせず、気づけば顔を近づけてくる。
「ん、ちょ//」
「ほ~ら、早く頷けって。早くしねぇとどうなっても知らねぇぞ?」
「卑怯ですよ!」
これが恋人にするやり方か!
その顔使えばなんでも通ると思ってんな。
いよいよ鼻と鼻がくっつきそうな距離にまで顔は迫ってきた。もう私の緊張はピークだ。
人の気も知らないで完全に私のこと遊んでる!!
でもここで頷かなければ彼の思う壷だ。
正直何を考えているか分からない。
だが変にここで刺激したら。
くそ、思い通りに進めてなんかたまるもんか!
「…何がお望みですか?」
平然を取り繕えば真顔で答える。
「んー、そうだな。なら」
俺と夫婦の契約をしろ。
部屋はお屋敷の中でも離れに位置していた。
周りは静けさに包まれ、河鹿の音しか聞こえない。
「…ここか」
あの話が本当なら、お翠さんは白夜様との契約に反した。裏切りの代償としては殺されてしまうだろう。
ただ一つ疑問があった。
謹慎を強いられた日から今日まで、数えるなら三日は経過している。
なのにお翠さんは死んでいないという事実。
私の考えが正しければ…。
大丈夫、話せばきっと分かって頂けるはず。
「(…何て声をかければ)」
折角ここまで来たというのに声をかけることができない。ただお声がけすればそれで済むものを。
白夜様相手だとどうも上手くいかない。
固まったまま扉の前で静止すること数分が経過。
「(ど、どうしよ…でもずっとここに居るのも)」
「いつまでそこにいるつもりだよ。早く入れって」
「!」
私の気配を感じ取ったのか部屋の中からは白夜様が声をかける。私は意を決すると目の前の襖を開けた。
「失礼します」
中に入れば、白夜様が肩肘をついて煙管を加えていた。
「遅かったな」
「もしかして私が来ることをご存知でした?」
「さあな」
上手くはぐらかされたような気もするが。
彼のことだ。分かっていたに違いない。
「夜分遅くに申し訳ありません」
「別に。お前ならいつ来たって構わねぇよ。つーか、むしろ来い」
「え」
「俺ばっかお前の部屋に行くのも面白くねぇし」
白夜様がふーッと息を吐きだせば紫色の煙が立ち込めた。不思議と臭いはしない。
「…その煙」
「あ、悪い。もしかして無理だった?なんなら直ぐに消すけど」
「いえ、そういう訳では。ただ鳳魅さんと使っているものが同じに見えて」
仕事中、彼もよくシーシャを加えている。
でも色は一緒だが、向こうの方は特有の臭いがしていた。
「アイツは酷ぇヘビースモーカーだからな。俺の場合はベイプ」
なるほど、だから煙草特有の臭いがしないのか。
現世でも葉巻タバコより電子タバコの方が害も少ないしな。
「隠世にもべイプがあったとは驚きです」
「健康上、最近はこうしたもんも多く開発されてんだ。俺は興味本位でやってるだけだけど」
「白夜様も健康に気を遣ってるんですね」
「そりゃあ気を遣うだろ。半不老不死とはいえ、奴らもこの歳でニコチンやタールごときに肺なんかやられてみろ。人間ドックすらここにはねぇんだぞ」
人間ドッグって…。
まるで現世の制度を知ってるかのような物言いだ。
まあでも、彼らは人間とは違って滅多に死ぬこともないだろうから。
ここで葉巻を吸おうが吸わないが体に影響はさほど無いはずだが。だが健康診断の代わりといってはなんだが、こうした開発も行われているのか。
「で、今日来たのは単なる訪問ではないんだろ?」
「…そうですね」
「…お翠か?」
やっぱり知っていたんだ。
突然部屋に来たにも関わらず全く驚いていないし。
なら私がこの件に絡んでくることを少なからず予測していたというわけか。
「…はい。お翠さんとの契約の件なのですが。何とか彼女を許してやっては頂けないでしょうか?」
「契約の内容を聞いたのか?」
「白夜様との契約には強い主従関係が生まれると。それでその…もし契約を破ると」
「ソイツは俺に殺される。だろ?」
「ッ、」
いざ本人の口からそれを言われると怖くて何も言い返せない。白夜様は黙り込んでしまった私の目の前までやって来ると正面に座り込んだ。
「まあ間違ってはねぇよ。あの契約は俺が作り出した特別なもんだ。上手く使えは吉、悪く使えば凶。どっちに傾くかはソイツ次第だからな」
「では凶だから殺すと?」
「契約に則ればな」
「そんな…」
契約は白夜様が作り出したもの。
全決定権は白夜様のみ有効。
だがその逆を言えば、契約の規約を自由に操れるのも白夜様にのみ有効。
「助けて欲しい?」
「え」
「アイツを助けて貰いたいからここに来たんだろ?」
彼はジトリとした目をこちらに向ける。
もしや私の考えは既にお見通しだということ?
契約の話を直接教えた訳でもないのに私はここに来た。
ならお翠さんを殺さないよう私が頼みに来ることを最初から知ってたということ。
頼めば望みはあるということなのか?
「助けて頂けるのですか?」
「んーどうしようかな~」
「え、ちょ白夜様!!」
待て待て、助けてくれるんじゃないの?
だってそうじゃなきゃ!
「お翠さんの謹慎期間から今日で三日です。契約に反したにも関わらず彼女は生きています。それはつまりそういうことなのでしょ?」
「お、お前案外賢いな。小っこいからまだまだ子供かと思ってたのに」
「ば、ばかにしないで下さい。これでも成績は上位トップスリーに入ってました」
「は、なんだそれ」
白夜様は面白そうに私の頭をガシガシと撫でてくるが髪の毛が乱れるからやめて欲しい。
「で、助けて頂けるんですか?」
「ま、お前次第だな」
「と言いますと?」
「ぶっちゃけお前の行動次第でどうすっか悩んでたけど。まあお前は助けたみてぇだし?そのお情けにかけて、今回ばかりは見逃してやってもいいぞ」
「本当ですか⁉では「ただし条件つきで」…え?」
刹那、私は顎を掴まれれば白夜様がずいっと顔を近づけてくる。
美しい瞳が私の目とかち合う。
私達の距離は一気に縮まれば、その服からは上品な香の香りが漂う。私は思わずドキリとしてしまう。
「…じ、条件」
「そう。まさかこの俺が無償でこの件に承諾でもすると思った?代わりの対価はきっちり貰わねぇと割に合わねぇだろ」
白夜様はお翠さんを許す代わりに条件を所望している。
何だろう…妙に気味が悪い。
得体の知れない感覚が体を駆け巡れば居心地が悪くて仕方ない。
どうする?
「あ、あの…」
「で、どうすんの?この条件呑むか?悪いが俺は気が短けぇ~タイプだからさ。そうやってお前がグズればアイツは俺に殺されちゃうかもな~」
彼はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて私を見つめる。顎へ添えた手は離すこともせず、気づけば顔を近づけてくる。
「ん、ちょ//」
「ほ~ら、早く頷けって。早くしねぇとどうなっても知らねぇぞ?」
「卑怯ですよ!」
これが恋人にするやり方か!
その顔使えばなんでも通ると思ってんな。
いよいよ鼻と鼻がくっつきそうな距離にまで顔は迫ってきた。もう私の緊張はピークだ。
人の気も知らないで完全に私のこと遊んでる!!
でもここで頷かなければ彼の思う壷だ。
正直何を考えているか分からない。
だが変にここで刺激したら。
くそ、思い通りに進めてなんかたまるもんか!
「…何がお望みですか?」
平然を取り繕えば真顔で答える。
「んー、そうだな。なら」
俺と夫婦の契約をしろ。