「馬鹿ね、そう易々と人間の身で。あのお方と契約をしてしまうだなんて」
「いえ、契約というか交渉的な?利害一致の関係がお互い生まれたましたので」
「アンタ、本当にそれだけだと思ってんの?」
「え、」
お翠さんは「はぁ」っと溜息をついた。
「ほんと何にも分かってない。それは契約という名の呪いなの」
呪い?
どういうことか分からない。
「あのお方は特別なの。正に神々が地上へと降ろした生きた鬼神。その名の通り、強い妖力と先を見通す千里眼保持者。高いカリスマ性でこの世を率いる完全無比の存在」
「…」
「端麗な容姿で振る舞う強いお姿。男女問わず、多くの妖達の間でも憧れの的にもなっているわ」
「もしかしてお翠さん、白夜様のことがお好きなんですか?」
「は?」
え、ヤバい。私もしかして地雷踏んだ?
真剣な様子で熱弁するからてっきり好きなのかなって思い聞いてみただけなのに。
ただでさえつり目な顔立ちで怖いのに。
お願いだからそんな顔で睨まないでよ!
「あ、いや!白夜様のことをよくご存知のようでしたので。もしかしたらそうなのかなって」
「は?当然よ。今の私がいるのは、あのお方のお陰なんだから」
「え、それって…」
「…私はね、元々は鬼頭家とは無関係な貧乏な家に生まれたの。父は仕事もせず酒に酔っては母や私に暴力を奮って。母親には浮気相手がいたの。私を置いてとっとと家を出ていったわ」
「…」
お翠さんは口を開けば、自分の生い立ちを話し始めた。
私は黙って耳を傾ける。
「父と二人、暴力は過激化する一方だった。でも何を思ったか父は私を売人に引き渡そうとしたの。だから逃げたのよ」
「売人⁈」
それって私がこの前体験した人身売買のこと?
そこへ売り飛ばされそうになったってことだよね。
「行く宛てなんか何処にもない。でもひたすら走ったわ。帰る場所も他に身寄りも居なくて一人ぼっちだったから。流石にそん時だけは死を覚悟したわ」
「…」
「座り込む私に声を掛ける物好きなんていなかった。でもそんな時、丁度通りかかった白夜様が私を見ると、何も言わずに鬼頭家まで連れて帰って下さったの」
「!」
白夜様がお翠さんを?
「白夜様は私の体の傷を手当てして一からここで働けるよう話をつけて下さった。それからはただ只管に頑張ったわ。あのお方にして頂いたご恩に恥じぬよう、その期待に応えようとした」
「お翠さんって確か、女中補佐だと仰ってましたよね?」
「女中補佐は女中頭の補佐兼代理でもあるの。補佐になるには上からの強い推薦が必要だった」
推薦されるだけの力を仕事で発揮出来なければ選ばれることさえない。
鬼頭家は三大妖家として常に立場が上。
仮に一次審査の推薦が通っても、二次審査で落とされることも珍しくはないとのこと。
「ただ推薦されてなれる役職ではない。当主様達からの信用と期待を一心に背負い、鬼頭家を仕切るのに相応しい人材か。それが証明出来なければ合格することは叶わない。死に物狂いで役職を勝ち取った時は嬉しかったわ」
「そうまでして補佐になったのって、やはり白夜様への思いがあったからですか?」
「あのお方は欲と傲慢さを何よりも嫌う。自分から見た相手がこの先どう生きようとしているのか。何を目標にしているのかを千里の眼で見通す。そこにハッキリとした見切りをつけるのよ」
確かに白夜様は見切りをつけるって言っていた。
だとすればお翠さんは。
「…補佐になった。つまり白夜様は認めて下さった訳ですね」
「褒めて頂いた時は歓喜で胸が溢れたわ。補佐として必ずや貴方のお側にと信じて疑わなかった。でも…」