やってきたのは鬼頭家の調理場。
コック長は私の姿を見ると驚いた顔をした。
「時雨様、こんな所までいかが致しましたか⁈」
「お仕事中にすみません。折り入って頼みたいことがありまして。今宜しいでしょうか?」
「時雨様からのお願いでしたら、いつでも大歓迎ですよ」
「ありがとうございます。実は…」
私がことの経由を説明するとコック長は快くそのお願いを引き受けてくれた。
作って貰った料理を受けとって部屋へ戻る。
見ればお翠さんはちゃんとベットにいて安心した。
「コック長に頼んでお粥を作って頂きました。食べれそうなら食べて下さい。薬もここに置いときますから」
「…」
「あ、先にタオルを変えなきゃですね。新しいのを持って来るので待ってて下さい」
彼女は天井を見上げたまま何も言わない。
私はその額からタオルを取ると再び部屋を出た。
「時雨さんか」
「ご当主様!」
廊下の反対側からはご当主様が歩いて来る。
前回から実に数日ぶりだ。
久しぶりの対面に少し緊張気味に頭を下げる。
「お久しぶりでございます」
「ああ、ここでの生活はどうだ?」
「だいぶ慣れてきて今では快適に過ごせています。皆様とても親切で。白夜様にも良くして頂いておりますし」
「!…そうか」
当主様は白夜様の名前に驚くも直ぐに笑顔になった。
「アイツと上手くやれているのなら良かった。これからも息子を頼む」
「はい」
「ところで」
当主様は次に難しい顔をすると私を見つめた。
「今回の件について謝らなければと思ってな。うちの者が怖い思いをさせた。本当にすまなかった」
「い、いえ!お気になさらないで下さい。白夜様が助けに来てくれたお陰で無事に戻って来ることも出来ましたし」
私は慌ててそう返した。
「はは、そなたは本当に優しい心の持ち主だ」
当主様はそう言い、私の頭を一撫でするとそのまま歩いて行ってしまった。
「当主様、どうしてあんなに悲しそうな顔をするんだろう…」


「すいません遅れてしまって。あ、食べてくれたんですね!」
タオルと一緒に変えの水が入った桶を持って戻るとお翠さんはお粥を食べてくれたみたいだ。
「まだ熱は高そうですね。これ雪女の氷らしくて熱冷ましに効果あるみたいですよ」
私はキンキンに冷えたタオルをお翠さんの額へ乗せる。
「…んで」
「はい?」
「なんで…私の世話なんかしてんのよ」
お翠さんは何処かぎこちなさそうに呟いた。
「それは…倒れていましたし。熱も高かったので」
「ふん、可笑しな女。アンタを殺そうとした憎むべき相手が目の前にいるというのに。助けてどうすんのよ」
「苦しんでる人を助けて何が悪いんですか?」
「は?」
私の言葉にキョトンとするお翠さん。
私はそんなお翠さんにニコリと微笑んだ。
「いくら貴方に恨まれていたとしても。貴方に何かあった時には迷わず助けます。私はここで自分にとって納得のいく生き方をすると白夜様と約束しました」
「…白夜様が」
彼女はそう呟くと暫く黙っていたがやがて口を開いた。