「では、今日はこれで失礼します」
「お疲れ様~。天気が悪いから道中気を付けてね」
鳳魅さんに挨拶して帰路につく。
「あ、雨が降ってきた」
今日は朝から雲域が怪しかったけどここに来て降り始めちゃったか。
—シャ~
「ん?どうしたの?」
もう直ぐお屋敷に着くというタイミングで白蛇さんは巻き付いた腕から身を乗り出す。
「そっち?そっちに何かあるの?」
私が白蛇さんの向いた方向へと足を進める。
すると先方には誰かが倒れているのを確認できる。
「…え、お翠さん⁉」
急いで駆け寄るとそこにはお翠さんが倒れていた。
「お翠さん!しっかりしてって…凄い熱!」
額に触れればとても熱く、顔も真っ赤だ。
体もだるそうに力が抜けきっている。
意識も朦朧としているのか呼びかけても応答がない。
雨が酷くなってきた。
流石にこのままではマズイ!
「と、取り敢えず私の部屋へ」
急いで彼女を部屋へ運ぼうとするも私の力では持ち上げられない。
「どうしよう…」
「時雨様!」
「お香さん?」
声がして顔を上げれば橋の上からお香さんがやって来るのが見える。
「池の方に行っていらっしゃると思い探していました。え、お翠様⁉」
お香さんは私の側に倒れるお翠さんの姿に驚くと急いで駆け寄ってきた。
「一体、どうしたんですか⁈」
「彼女、凄い熱なんです。このままでは危険ですから部屋へ運びたいんです」
いつからここに居たのかは分からないがとても苦しそうだ。早く処置をしなければ非常に危険だ。
「では私がお翠様の部屋までおぶります」
「あ、待って下さい。ここからなら私の部屋の方が近いです。ですので私の部屋へ」
「で、ですが時雨様」
「今は早めの対応が必要です!私は大丈夫ですから」
「わ、分かりました。ではそちらに」
お香さんは渋々折れるとヒョイとお翠さんを担いだ。
「あ、先に私の部屋に行ってて下さい!」
「時雨様⁉どちらへ」
「直ぐに戻りますから!」
私はお香さんにそう呼び掛けて来た道を引き返した。
「鳳魅さん!!」
「あれ?時雨ちゃんどうしたの⁈」
鳳魅さんは慌てた様子で戻ってきた私を驚いた顔で出迎えた。
「解熱剤を頂きたいのです!」
そして事情を話せば直ぐに棚からは解熱剤を取り出してきてくれる。
「僕が調合したものだから効果はある。これを持っていきな」
「助かります!では私はこれで」
私はお礼を言うと急いで屋敷まで引き返した。
そんな後ろ姿を鳳魅は笑って見送る。
「良くなるといいねぇ~。……ねえ?若」
「…アイツ」
遠くなった時雨の後ろ姿を眺め、鳳魅がそう呟けばいつの間に来ていたのかそこには白夜の姿があった。
「お人好しにも程があんだろ!なんの為に謹慎にしたと思ってんだ」
「ふふ、素直でいい子じゃないか」
鳳魅は中に入ると白夜が座る場所とは反対のソファー席に座った。
「お翠はアイツを殺しかけた。本来なら鬼頭家からの追放だっつーのに」
「ま、いつもの君なら容赦なくそうするとこだけど。…でも出来ないんでしょ?」
「…」
「それはあの子を拾ったのが君自身だから?」
シーシャ片手に話す鳳魅を横目に白夜は溜息をついた。
「別に…俺はアイツの手を見込んで連れて来ただけで。それ以上でも以下でもねぇ」
「じゃあどうすんのさ。まあ時雨ちゃんのことだ。全力で介抱はすると思うけど」
「ったく襲われた身で。アイツは一体何を考えてんだよ」
「え~、本当は可愛いいとか思ってる癖に♡」
「あ゛?」
睨む白夜をいつもの調子でおちょくる鳳魅。
「それで、女性とした初デートの感想はどうだい?」
「…むずがゆかった」
そう白夜が神妙な顔つきで答えれば鳳魅は可笑しそうに笑った。
「中々、いい経験を味わったようだね。今までは何に対しても無関心だったから僕も心配していたけど」
「俺に近づく奴はシンプルだ。欲か金。生まれた時から数億単位の懸賞金すらかけられて生きてきた。この世に何を求めればいいのか。誰を頼ればいいのか。そんな判断基準さえ失ったんだ」
「…」
「強いからこそ、その隣には誰も並べない。救うことはできても救われないんだと感じた」
白夜はボーっと天井を見上げた。
鳳魅は糸目の目を開くと彼を見つめた。
「どんな感情すら覆すことは不可能だった。そうやってこれからも生きてくんだって。正直もうどうでも良かったんだ」
白夜は乾いた笑みをこぼせば伸ばした手は風を切った。そんな様子の白夜に鳳魅は静かに笑った。
「でも君は変わったよ。そこには彼女の存在が強いんじゃないかな?」
「…」
「少なくとも今の君はどこか明るくなった。ずっと一人その孤高を背負ってきたんだ。感情の起伏が芽生えたのだって、つい最近のことだろう?」
ずっと孤独の英雄を演じてきた。
守ることはできても守られることはない。
そんな中一人、彼は自分で自分を支えてきたのだ。
「時雨ちゃんは君を変えた。違うかい?」
「…」
「君がそこまで一人の女性にご熱心になるだなんて。君をそこまでさせた彼女の要因は何だい?」
「んなの知るかよ。…でも」
白夜はそう呟き窓の外へ目を向けた。
雨は次第に強さを増せば、窓には大粒の雫が突き刺さる。
「アイツは他の奴とは確かに違う。アイツの存在は深くまで俺をアイツへと依存させていくんだ。なあ鳳魅」
「?」
「アイツはきっと、俺にとって最初で最後の運命の女だ」
「!なんとまあ…」
鳳魅はこれに驚いた。
どんなに美しい女性にすら振り向きもしてこなかった。
他人を評価するにも打算的でそこに感情は籠らない。
そんな天涯孤独の英雄が会ってまだ一ヶ月と満たない少女に惚れたのだという。
「何がそこまでそうさせてんのかは分かんねぇ。でも他の奴じゃ絶対に駄目だ。俺はアイツだから受け入れた」
「つまりは惚れたのかい?」
「…惚れちゃ悪ぃかよ」
白夜は顔を赤らめるとそっぽを向いた。
「はは、まあでも君が惚れるのも無理はない。あの子が不思議な子だっていうのは僕もよく知っているし。初めて会ったあの日、この僕に生きろと言った時は流石に驚いたけど」
ケラケラと笑う鳳魅。
鳳魅にとっても時雨の存在は心の救いにもなったのだ。存在理由を別の視点から理解し、受け入れてくれた数少ない恩人。
「…お翠の処遇はアイツに任せると親父が言った」
「時雨ちゃんにかい?僕はあの子の言う言葉が何となくだけど分かっちゃうなぁ」
「だから困るんだよ…」
「まあ良いじゃないの。それがあの子の出した答えだというのなら、それは素直に受け入れるべきだ。じゃないと結婚する前に嫌われちゃうかもよ?」
「あ?んなことさせっかよ。この俺を惚れさせたんだ。ならばぜってぇ依存させてやる。アイツは俺のもんだ」
「世話になった」と言い帰っていく白夜。
その後ろ姿を見つめた鳳魅は意地悪く笑った。
「時雨ちゃん、君は大変な化け物に気に入られちゃったね♡」
「お疲れ様~。天気が悪いから道中気を付けてね」
鳳魅さんに挨拶して帰路につく。
「あ、雨が降ってきた」
今日は朝から雲域が怪しかったけどここに来て降り始めちゃったか。
—シャ~
「ん?どうしたの?」
もう直ぐお屋敷に着くというタイミングで白蛇さんは巻き付いた腕から身を乗り出す。
「そっち?そっちに何かあるの?」
私が白蛇さんの向いた方向へと足を進める。
すると先方には誰かが倒れているのを確認できる。
「…え、お翠さん⁉」
急いで駆け寄るとそこにはお翠さんが倒れていた。
「お翠さん!しっかりしてって…凄い熱!」
額に触れればとても熱く、顔も真っ赤だ。
体もだるそうに力が抜けきっている。
意識も朦朧としているのか呼びかけても応答がない。
雨が酷くなってきた。
流石にこのままではマズイ!
「と、取り敢えず私の部屋へ」
急いで彼女を部屋へ運ぼうとするも私の力では持ち上げられない。
「どうしよう…」
「時雨様!」
「お香さん?」
声がして顔を上げれば橋の上からお香さんがやって来るのが見える。
「池の方に行っていらっしゃると思い探していました。え、お翠様⁉」
お香さんは私の側に倒れるお翠さんの姿に驚くと急いで駆け寄ってきた。
「一体、どうしたんですか⁈」
「彼女、凄い熱なんです。このままでは危険ですから部屋へ運びたいんです」
いつからここに居たのかは分からないがとても苦しそうだ。早く処置をしなければ非常に危険だ。
「では私がお翠様の部屋までおぶります」
「あ、待って下さい。ここからなら私の部屋の方が近いです。ですので私の部屋へ」
「で、ですが時雨様」
「今は早めの対応が必要です!私は大丈夫ですから」
「わ、分かりました。ではそちらに」
お香さんは渋々折れるとヒョイとお翠さんを担いだ。
「あ、先に私の部屋に行ってて下さい!」
「時雨様⁉どちらへ」
「直ぐに戻りますから!」
私はお香さんにそう呼び掛けて来た道を引き返した。
「鳳魅さん!!」
「あれ?時雨ちゃんどうしたの⁈」
鳳魅さんは慌てた様子で戻ってきた私を驚いた顔で出迎えた。
「解熱剤を頂きたいのです!」
そして事情を話せば直ぐに棚からは解熱剤を取り出してきてくれる。
「僕が調合したものだから効果はある。これを持っていきな」
「助かります!では私はこれで」
私はお礼を言うと急いで屋敷まで引き返した。
そんな後ろ姿を鳳魅は笑って見送る。
「良くなるといいねぇ~。……ねえ?若」
「…アイツ」
遠くなった時雨の後ろ姿を眺め、鳳魅がそう呟けばいつの間に来ていたのかそこには白夜の姿があった。
「お人好しにも程があんだろ!なんの為に謹慎にしたと思ってんだ」
「ふふ、素直でいい子じゃないか」
鳳魅は中に入ると白夜が座る場所とは反対のソファー席に座った。
「お翠はアイツを殺しかけた。本来なら鬼頭家からの追放だっつーのに」
「ま、いつもの君なら容赦なくそうするとこだけど。…でも出来ないんでしょ?」
「…」
「それはあの子を拾ったのが君自身だから?」
シーシャ片手に話す鳳魅を横目に白夜は溜息をついた。
「別に…俺はアイツの手を見込んで連れて来ただけで。それ以上でも以下でもねぇ」
「じゃあどうすんのさ。まあ時雨ちゃんのことだ。全力で介抱はすると思うけど」
「ったく襲われた身で。アイツは一体何を考えてんだよ」
「え~、本当は可愛いいとか思ってる癖に♡」
「あ゛?」
睨む白夜をいつもの調子でおちょくる鳳魅。
「それで、女性とした初デートの感想はどうだい?」
「…むずがゆかった」
そう白夜が神妙な顔つきで答えれば鳳魅は可笑しそうに笑った。
「中々、いい経験を味わったようだね。今までは何に対しても無関心だったから僕も心配していたけど」
「俺に近づく奴はシンプルだ。欲か金。生まれた時から数億単位の懸賞金すらかけられて生きてきた。この世に何を求めればいいのか。誰を頼ればいいのか。そんな判断基準さえ失ったんだ」
「…」
「強いからこそ、その隣には誰も並べない。救うことはできても救われないんだと感じた」
白夜はボーっと天井を見上げた。
鳳魅は糸目の目を開くと彼を見つめた。
「どんな感情すら覆すことは不可能だった。そうやってこれからも生きてくんだって。正直もうどうでも良かったんだ」
白夜は乾いた笑みをこぼせば伸ばした手は風を切った。そんな様子の白夜に鳳魅は静かに笑った。
「でも君は変わったよ。そこには彼女の存在が強いんじゃないかな?」
「…」
「少なくとも今の君はどこか明るくなった。ずっと一人その孤高を背負ってきたんだ。感情の起伏が芽生えたのだって、つい最近のことだろう?」
ずっと孤独の英雄を演じてきた。
守ることはできても守られることはない。
そんな中一人、彼は自分で自分を支えてきたのだ。
「時雨ちゃんは君を変えた。違うかい?」
「…」
「君がそこまで一人の女性にご熱心になるだなんて。君をそこまでさせた彼女の要因は何だい?」
「んなの知るかよ。…でも」
白夜はそう呟き窓の外へ目を向けた。
雨は次第に強さを増せば、窓には大粒の雫が突き刺さる。
「アイツは他の奴とは確かに違う。アイツの存在は深くまで俺をアイツへと依存させていくんだ。なあ鳳魅」
「?」
「アイツはきっと、俺にとって最初で最後の運命の女だ」
「!なんとまあ…」
鳳魅はこれに驚いた。
どんなに美しい女性にすら振り向きもしてこなかった。
他人を評価するにも打算的でそこに感情は籠らない。
そんな天涯孤独の英雄が会ってまだ一ヶ月と満たない少女に惚れたのだという。
「何がそこまでそうさせてんのかは分かんねぇ。でも他の奴じゃ絶対に駄目だ。俺はアイツだから受け入れた」
「つまりは惚れたのかい?」
「…惚れちゃ悪ぃかよ」
白夜は顔を赤らめるとそっぽを向いた。
「はは、まあでも君が惚れるのも無理はない。あの子が不思議な子だっていうのは僕もよく知っているし。初めて会ったあの日、この僕に生きろと言った時は流石に驚いたけど」
ケラケラと笑う鳳魅。
鳳魅にとっても時雨の存在は心の救いにもなったのだ。存在理由を別の視点から理解し、受け入れてくれた数少ない恩人。
「…お翠の処遇はアイツに任せると親父が言った」
「時雨ちゃんにかい?僕はあの子の言う言葉が何となくだけど分かっちゃうなぁ」
「だから困るんだよ…」
「まあ良いじゃないの。それがあの子の出した答えだというのなら、それは素直に受け入れるべきだ。じゃないと結婚する前に嫌われちゃうかもよ?」
「あ?んなことさせっかよ。この俺を惚れさせたんだ。ならばぜってぇ依存させてやる。アイツは俺のもんだ」
「世話になった」と言い帰っていく白夜。
その後ろ姿を見つめた鳳魅は意地悪く笑った。
「時雨ちゃん、君は大変な化け物に気に入られちゃったね♡」