白鬼の封印師

「では今日はこれで。失礼します」
「お疲れ様~天気が悪いから道中気を付けてね」

鳳魅に挨拶すれば帰路につく。
今日も薬草の実験と開発事業の打ち合わせ。
鳳魅を助けて世界を救う。
時雨の中で少しずつ気持ちが前に進もうとしていた。

「あ、雨が降ってきた」

今日は朝から雲域が怪しかったがここに来て降り始めちゃったか。

—ーシャ~

「ん?白蛇さんどうしたの?」

もう直ぐ鬼頭家というとこで白蛇が巻き付いた腕から身を乗り出す。
左右を確認すれば向こう側に身を乗り出している。

「ん?そっちに何かあるの?」

時雨が白蛇の向いた方向へと足を進めれば、先の方では誰かが倒れているのが見えた。段々と近づくに連れてそれは見覚えのある人物であることが分かりギョっとする。

「お翠さん⁉」

急いで駆け寄るとそこにはお翠が倒れていた。

「お翠さん!しっかり、、…凄い熱!」

額に触れればとても熱く顔も真っ赤だ。
体もだるそうで力が抜けきっている。
意識も朦朧としているのか呼びかけても応答がない。
雨が酷くなってきた。
流石にこのままではマズイと時雨は彼女を部屋へ運ぼうとするも、自分一人の力だけでは持ち上げられそうにない。

「時雨様!」
「お香さん!」

困っていれば橋の上からはお香が走ってくるので手を上げ居場所を知らせる。

「やっと見つけました!池の方にいると思い探していたとこだったって、、え、お翠様⁉」

お香は時雨の側に倒れるお翠に気づくと驚いた。
急いで側に寄ればその尋常じゃなく苦しむ様子に顔を真っ青にさせる。

「彼女凄い熱なんです。このままでは危険です。部屋へ運びたいので力を貸して下さい」
「分かりました!では私がお翠様の部屋までお翠様をおぶります」
「いえ、それでは間に合いません。ここからなら私の部屋の方が近いです。ですので私の部屋へ」
「ですが時雨様」
「今は早めの対応が必要です。私は大丈夫ですから」
「……分かりました。ではそちらに」

お香は渋々承諾するとお翠を担いだ。
雨は傘を増してきたため急いで中に移動する。

「あ、先に私の部屋へ行ってて下さい!」
「時雨様⁉どちらへ!」
「直ぐに戻りますから!」

だが不意に時雨は来た道を引き返せば、お香の呼ぶ声を振り切って雨の降る森の中に消えて行く。数分もしないうちに目的の家に着けばドンドンと扉を叩く。

「鳳魅さん!」
「あれ?時雨ちゃんどうしたの⁈」
「解熱剤を頂きたいのです!」

鳳魅は慌てた様子で戻ってきた時雨に驚いていた。
だが事情を聞けば直ぐに棚からは解熱剤を取り出して持ってきてくれた。

「僕が調合したものだから効果はある。これを持っていきな」
「助かります!では私はこれで」

時雨がペコリと頭を下げて部屋を出て行けば、鳳魅は笑ってその後ろ姿を見送る。

「良くなるといいねぇ~……ねえ、若」
「…アイツ」

時雨の姿が完全に消えたところで鳳魅がそう呟き振り返れば、いつの間に来ていたのかそこには白夜の姿があった。白夜は今のやり取りに対し不服そうだった。

「時雨ちゃんを襲った使用人が熱で倒れちゃったんだって。今から介抱ってとこかな」
「お人好しにも程があんだろ。何のために謹慎にしたと思ってんだ」
「ふふ、素直でいい子じゃないか」

鳳魅は奥でソファーに腰掛ける白夜とは真反対のソファーに腰掛ければ、シーシャ片手に優雅に用意していた茶を嗜む。

「お翠はあいつを殺しかけた。本来なら鬼頭家からの追放だっつーのに」
「ま、いつもの君なら容赦なくそうするとこだけど。…でも出来ないんでしょ?」
「…」
「それは彼女を拾ったのが君自身だから?」

シーシャ片手に話す鳳魅。
図星をつかれた白夜は暫しの沈黙を貫く。

「…別に。俺はアイツの手を見込んで連れて来たってだけで。それ以上でも以下でもねぇよ。他にも鬼頭家に奉公する妖は多い。中には身よりも家もない奴だっているんだ。アイツ一人をどうこう思う事はない」
「じゃあどうすんのさ。まあ時雨ちゃんのことだ。全力で介抱すると思うけど」
「…ったく襲われた身で。一体何を考えてんだよ」
「え~本当は可愛いとか思ってる癖に♡」
「あ゛?」

睨む白夜をいつもの調子でおちょくる鳳魅。
逆に言えばこうして軽い口を叩き、素で話し会える鳳魅は白夜にとって数少ない心許す存在。鳳魅はそれをよく理解していた為、こうして白夜が自分に会いにやって来る時は少なからず自分に話をしたい時だと踏んでいた。

「それで?女性との初デート、感想はいかほどかな?」
「…むず痒かった」

気まずそうな顔で白夜が答えれば、鳳魅は可笑しそうに笑った。
女慣れしている天下の鬼神様からそんな言葉が聞けるとは。

「中々いい経験を味わったようだね。今までは何に対しても無関心だった君が。まあでも安心したよ。やっと心の気持ちと向き合えてる気がしてね」
「俺に近づく奴はシンプルだ。欲か金。生まれた時から数億単位の懸賞金すらかけられて生きてきた俺だ。この世に何を求めればいいのか、誰を頼ればいいのか。そんな判断基準さえ失ったんだ。強いからこそ、俺の隣には誰も並べない。俺は救うことはできても救われないんだと感じた」
「…若」

白夜はボーっと天井を見上げた。
鳳魅は糸目の目を開くと彼を見つめる。
鬼神としての器。
それだけで多くのプレッシャーと犠牲をかけられ生きてきた彼が対人不信を抱くのは仕方がないこと。

「どんな感情すら抱かなくなった。抱けば隙を作る。愛?そんな感情何になるんだ。そうやってこれからも生きてくんだって。正直もうどうでも良かったんだ」

乾いた笑みをこぼせば伸ばした手は風を切った。
そんな様子の白夜に鳳魅は静かに笑った。

「でも君は変わったよ。そこにはあの子の存在が強いんじゃないかな?」
「…」
「少なくとも今の君はどこか明るくなった。ずっと一人その孤独と孤高を背負ってきたんだ。感情の起伏が芽生えたのだって最近のことだろう?それは明らかに彼女の影響が強いと思うな」

孤独の英雄を演じてきた。
守ることはできても守られることはない。
そんな中、白夜は自分で自分を支えてきた。

「時雨ちゃんは君を変えた。違うかい?」
「…」
「君がそこまで一人の女性にご熱心とは。君をそこまでさせた彼女の要因は何だい?」
「知るかよ…でも」

白夜はそう呟き窓の外へ目を向けた。
雨は次第に強さを増せば窓には大粒の雫が突き刺さる。
この様子じゃ今日は止みそうもない。

「あいつは他の奴とは確かに違う。この俺を深く何かに依存させた。…なあ、鳳魅」
「ん~?」
「あいつはきっと、、、俺にとって運命の女だ」
「!!なんとまあ…」

鳳魅は目を見開いた。
どんなに美しい女性すら振り向きもしなかった。
他人を評価するのにいつも打算的。
そこに感情は籠らない。
そんな天涯孤独の英雄が会ってまだ一ヶ月と満たない少女に惚れたのだと言うのだから驚きだ。

「何がそこまでそうさせたのかは分かんねぇ。でも他の奴じゃ絶対に駄目だ。彼女だから俺は受け入れた」
「つまり惚れたのかい?」
「…悪ぃかよ」

白夜は顔を赤らめプイッとそっぽを向いた。
それには鳳魅も笑ってしまう。

「ははっ。ま、君が惚れるのも無理はない。あの子が不思議な子だっていうのは僕もよく知っているし。初めて会ったあの日のことをよく覚えている。この僕に生きろと言った時は流石に驚いたなぁ」

ケラケラと笑いながら語る鳳魅。
鳳魅にとっても時雨の存在は心の救いにもなったのだ。
自分が邪魅でありながら、生きることの大切さと価値ある意味を別枠から理解して受け入れてくれた数少ない恩人。

「お翠の処遇を任せられた」
「深夜君にかい?まあそうなるか。でも時雨ちゃんは君の選択しうる未来を果たしてどう思うのか」
「だから困るんだよ」
「まあ良いじゃないの。どんな答えでも決める決定権は若にある。なら素直に受け入れるべきだ。でも結婚する前に嫌われないようにね?(笑)」
「させるかよ。この俺を惚れさせたんだ。俺に目を付けられたことを後悔させてやる。あいつは俺のもんだ」

白夜は「じゃあな」と言い帰っていく。
誰もいなくなった部屋で鳳魅は茶を飲み意地悪く笑った。

「時雨ちゃん、君は大変な化け物に気に入られちゃったね♡」