「好きなんだ。どうしようもねぇほどにお前が」
綺麗な瞳は揺らぐことなく私を捉えて離さない。
「白夜様?」
私の目の前にいるお方は本当に白夜様なの?
あんなにも私を毛嫌いしていたというのに。
なのにどうして…どうしてなの?
「会ったばっかで冷たくしちまったことは悪かったと思ってる。それでもお前を見ていると、ただどうしようもなく愛おしい」
「ッ!どうして…」
「変だよな俺。お前と契約してからはずっとこんな調子なんだ。分かんねぇ、分かんねぇんだよ。でもどうしようもなくお前のことが愛おしくてたまんねぇ」
顔を赤らめた彼は私を見つめた。
「何度も違うってそう言い聞かせてきた。この波打つ感情にイラついて。でもやっと分かった」
「!」
「俺はお前が好きだ。だからもう、今更お前を手離せねぇよ。俺のものになれ」
その言葉で一気に顔には熱が籠った。
彼は今、私を好きだと言った。
私は驚くばかりで何も言い返せない。
今度は体がぽっと熱くなる。
きっと顔は真っ赤だろう。
白夜様はじっと私の方を見つめたまま。
「ッ、」
ドクンと心臓が波打つ。
初めて抱くこの感情は何?
胸が苦しいほどに締め付けられる。
呼吸が上手く出来ない。
でも何故だろう。
不思議とそれは嫌ではなかった。
誰かに好きだと言われたことなんてない。
どうすることも出来ずに固まってしまう。
「初めこそは単なる好奇心材料でしかなかった。でもお前を考えれば考えるほど、やっぱり他の者とは何もかもが違くて。俺にはそれが新鮮だった。そんで気づいたらお前のことしか考えてなかった」
「白夜様…」
「これが好きという感情なら俺はそれを素直に受け入れる。お前が好きだ。異能なんかなくてもいい、俺が側にいてやる。ずっと愛してやるから。だから頼む、頼むから…そんな全てを諦めた顔なんかすんな」
「!」
白夜様はそう言うと熱の籠った目で私を見つめた。
ああ、そうか。
私…きっと諦めてたんだ。
何もかも最初から全部、全部だ。
自分の言ったことに噓はない。
それは確かな筈なのに。
それでも自分にはやっぱり無理なんだって。
そう心のどこかで諦める私もいて。
その感情を無理にねじ込めて表に出さないように上手く取り繕って。助けたいと思っている反面、私なんかにできっこないって。そんな表の気持ちに反比例する私が存在していることに見て見ぬふりをして。
だから気持ちを自分で抑えきれなくて。
ただ只管に苦しくて怖かった。
いつ裏の感情に押し潰されるか分からなかった。
異能を持たない。
だから自分がやろうとしていることは大丈夫だなんてちっとも思えなくて。そうやって知らぬ間に自分を追い込んでいた事実さえ、言われるまで気が付けなかった。
やらなけらば。
果たさなければ生きられないって。
「全部上手くいくだなんて考るな。やれるだけのことを少しずつやればいい。困った時は俺が絶対助けてやる。だからもう全てを諦めるな」
その言葉で頬からはポロリと涙がこぼれ落ちた。
どうしてこんなにも嬉しいの?
貴方に言われた言葉は私の中で何かを溶かしていく。
凝り固まった身体からは自然と力が抜けていった。
大丈夫だなんて。
本当は母上が死んでから一度も思えなかったくせに。
変に虚勢を張って。心の深部まで自分を追い詰めていたことさえ気が付けなかったんだ。
「白夜様…私」
「お、おい!泣くなって!!」
泣き出した私に白夜様はギョっとして近寄ればあたふたする。
「ったく、そんなに自分を追い詰めてどうすんだよ。辛いなら辛いって。そう俺に言えば良かっただろうが」
「うぅ…だ、だって。白夜様は私のこと嫌っておいででしたし」
「それは!わ、悪かったって。だから今度からは…そう俺にそう言えば言いだろうが」
「ふふ、何ですかそれ。でも…ありがとうございます」
冷酷非道なお方だと思っていた。
契約なんて縛りを変に結んで何か理由があるんだって。ここに来て間もない自分を毛嫌いする彼の様子に、私は全てを諦めた顔で誓ったんだ。
本当は貴方に認められたい。
生きてて貰いたい。
そんな価値を与えて頂きたいと。
そっか私、初めて会った時からずっと白夜様のこと…
差し出されたハンカチで涙を拭くと彼に向き直る。
「白夜様、私、頑張りますね。ここで生きていく為にも。貴方様の隣でお役に立つ為にも。いつか必ず立派に妻としての役目を果たしてみせますから」
「お、おう。まあ…せいぜい頑張れよ」
ぎこちないけどしっかり考えて下さっている。
人の内情を理解し相手を評価して下さっている。
鳳魅さんの存在を私が認めたように。
白夜様もまた彼の内情を理解し、その考えを評価してくれたからこそ鳳魅さんは今もあの場所で生きていられるのではないか。
なら私もきっと認めていただける筈だ。
絶対に生きてみせる。
納得できる生き方で必ずや貴方様のお側に。
私も好きですよ白夜様。
「…なあ、そろそろ女将待たせているからご飯食うぞ」
「はい!」