妖都は城下町のようで多くのお店が立ち並んでいた。
妖達が多く行き交えば夜でも祭のような賑わいで、つい目を奪われてしまう。
久野家にいた時は基本、学校に行くとき以外は何処かへ行くだなんてことはなかった。初めて来たが、見るもの全てが初めての経験でとても新鮮だ。
「どっか行きてぇとことか見てぇもんある?」
「いえ、私は特には」
「なら先に、俺の用事に付き合ってくれるか?」
白夜様は一軒の店の前で止まると中へ入っていく。
「ここは?」
「鬼頭家がよく世話になっている呉服屋だ。妖都に来た際にはいつも立ち寄っている」
明庵堂(めいあんどう)と書かれた店内には畳部屋でできていて綺麗な着物が多くかけられていた。
「これはこれは!鬼頭家の若様じゃないかい!」
声と共に奥座敷から出てきたのは顔に一つだけ目がついた女性だった。
どうやら一つ目の妖のようだ。
「よお女将、久しぶり」
女将と呼ばれた女性は私達に気がつくと嬉しそうに向かってくる。
「ほんと久しぶりじゃないかい。この頃、ちっとも顔を見せてくれないんだから。心配していたんだよ」
「悪ぃな、最近は家が忙しくて中々訪ねる暇がなくて。今日は一段落ついたから挨拶ついでに寄ったってわけ」
「いやぁねぇ~、鬼頭家の若様も大変なことで。おや?そちらにいるお嬢様は誰だい?」
女将さんは白夜様の隣にいる私の存在に気づく。
「久野時雨。俺の婚約者だ」
「は、はじめまして。久野時雨と申します」
私も頭を下げると挨拶をした。
「久野…ああ!!今年、鬼頭家で迎えたとかいう噂の花嫁様だね⁈現世との噂は色々聞いてはいるけど。なんや可愛らしいお嬢様やないの!」
女将さんはニコニコとした笑みを私へ向けた。
「この人は文月(ふづき)さんといってこの明庵堂で女将をやっている。因みに鬼頭家で使われる着物はここで作られている」
「ふふ、鬼頭家様にはいつもご贔屓にして頂いて。ほんま感謝しております」
「今日は少し女将に話してぇことがあって来たんだいがお前は少しここで待っててくれねぇか?」
大事な話そうだし、きっとお仕事関連かもしれない。
私はそう考えて静かに頷いた。
「はい、構いません。その間、私は店内を少し見せて頂こうかと思います」
「悪ぃな。じゃあ少しの間だけ頼む」
白夜様は女将さんに連れられると奥座敷の方に消えていった。


奥座敷へ移動した白夜に女将は向き直る。
「それで、今日はいかがいたしましょうか」
明庵堂は本来、上級貴族の妖向けに品を販売する老舗の呉服店。
訪れる者も当然のごとく資産家の集まりで、生地一つを買うのでさえ一般給料の半年分が吹っ飛ぶ。だがその分、ご贔屓する年数が高い家ほど発言力も高い。
その先頭を牛耳る存在こそが鬼頭家であった。
「買いてぇもんがある」
「でしたら丁度いい品の生地が先程入りましたので、そちらなどはいかがでしょう?」
「いや、今回は仕事の話とはまた違う」
「と言いますと?」
「アイツに似合う生地を何点か見繕って欲しい」
女将はその言葉に驚きを隠せず目をパチクリさせた。
あれほどどんな女性にすら見向きもしてこなかった若様が、ここにきて一人の女性の為に着物を買いたいと言う。
「おやおや…まあまあ!!あの若様がついにそんなことを言い出すだなんて。長生きとはしてみるものですわぁ」
「別にそんなんじゃねぇよ。ただアイツには色々と借りができたから礼としてなだけで」
「もういやですわ、若様ったら。そんな恥ずかしがらなくとも。あのお嬢様がお好きならそう仰っしゃればいいのに」
「は⁈べ、別にそんなんじゃねぇし!」
慌てる白夜の様子に女将は口に手を当てて笑う。
「で?何か似合いそうなもんは?」
「ふふ、そうですわね。あのようなお嬢様にはこういった濃い色合いのものがよくお似合いになるかと。髪も黒く、クールかつ綺麗さを持ち合わせておりますし」
「お、女将分かってんじゃん」
「もしや先ほど着ていらっしゃったお召し物も。ひょっとして若様が?」
「ああ、俺が選んだ」
「でしたら、ああいったものを基準にこちらで何点か生地の方を絞らせて頂きます。決まり次第、後日、鬼頭家にはご連絡差し上げる形でも宜しいでしょうか?」
「構わねぇよ。金はいくらかかってもいい。今はアイツ待たせてるから俺もこれで戻る」
白夜は二つ返事で了承すると店側へ戻ろうとして立ち上がる。
「若様」
女将はそんな白夜を後ろから呼び止めればその場に留めさせる。
「いいですか?あのお嬢様は磨けばそれはそれは美しいご令嬢へと変貌を遂げる未来が私には見えます。若様ご自身の力で綺麗に磨きあげるのです!」
「磨く?」
「ええ、そうですわ!女性は愛されてこそ、真の美しさに華を添えるのです。その為には若様のお力が必須!隠世での生活はまだまだ不安でしょうから、今後は若様の手で必ずや幸せにして差し上げて下さい」
女将は白夜の顔をしっかりと見つめそう告げる。
「俺の手で…ね。ま、それは今後のアイツ次第だけどな」