「みつけた」
「あ?」
突如、後ろから声を掛けてくるもの。
イライラがおさまらない俺様に対し、声を掛けて来るなんざいい度胸じゃねぇかと声のした方へ振り向く。そこにいたのは一人の女だった。
「(またかよ!!)」
今さっきまで店内でやり取りして漸く解放されたばかりだというのに。
ここに来てまたも別のもんが現れやがった。
くそ、人間の女ほど面倒くさいものはない。
その点、妖の女は自分の立場をよく理解している。
俺の存在も重々承知している。
求めてきたとしても一夜限りの関係で終わる。
だが人間ともなればそうもいかないようだ。
俺がちょっと気を許したと勘違いすれば、すぐ調子に乗って勝手に彼女面する。
その感情を持てば俺の全てを求めてくるねちっこさ。
ある意味で妖よりも心に潜める欲望の闇が深く、正直俺の手には負えない。そういった経験もしてきたからか、相手をみる自分の目は益々厳しくなったと思う。
「ああ、やっと…。やっと貴方にお会いすることが出来ましたわ」
女は震え声でそう呟くと興奮気味な足取りで俺の元へ近づいてくる。
「あ?誰だお前」
「ずっとずっと貴方のことを探していたのです!」
「知らねーよ。だから誰だよテメェ」
苛立ちを隠しきれない俺。
だがそれとは裏腹に女はずいっと俺の側まで距離を詰める。蕩けたような笑みを浮かべて嬉しいと言わんばかりに頬を赤らめた。
俺の手をそっと取れば幸せそうに自分の顔をスリスリと擦り寄せてくる。スリスリと頬ずりを始める様子には思わずゾッとした。
「チッ、触んな」
俺は直ぐにその手を振り払う。
「そんな…」
女は一瞬、名残惜さそうな顔をするも直ぐに蕩けた笑みに戻れば俺を至近距離からじっと見つめてくる。
何なんだコイツは。
ふと、どことなく漂う女の雰囲気に違和感を覚えた。
人間の割には容姿もそこそこ良い。
ハニーブロンドの髪に化粧が施された顔。
感性に優れ、全てを見通すこの瞳が感じるのは警戒心だ。ほんとにただの一般人か?
気味の悪い。
この状況に面倒くささと嫌気が勝った俺は直ぐに立ち去ろうと足を動かした。
「あ、お待ち下さい!漸く貴方にお会いすることが出来ましたのに」
女は慌てた様子で俺の前に回り込むと行く手を阻んだ。
「チッ、そこをどけ!」
これには流石にキレそうになる。
「私、久野一華と申しますの。是非、貴方のお名前を教えては頂けませんか?」
「知らねーよ。誰が見ず知らずの他人に名前なんか教えてや…」
あ?待て、久野だと?
こいつ、今、久野と言ったか?
それともただの聞き間違いか?
俺は再確認のために目の前の女へ口を開く。
「…おいテメェ、今なんつった?」
「久野一華です!」
やっぱり聞き間違えなんかじゃねぇ。
アイツと同じ苗字だ。
偶然にしてはよくできている。
こんな簡単にアイツと同じ苗字の奴が現れると思うか?
しかも一般の人間がだ。
いや、それは有り得ない。
まず本来、久野を並びに他二つの術家の家名と同じ苗字も持つ一般家庭は存在しない。
現世で唯一、隠世と接触があるのは三大術家の人間達のみ。彼らの異能を普通の一般市民が発動させることは不可能だ。
多くの邪気を異能で浄化する彼らの存在は国が重宝視しているとあってか、公の場に正体が知られてはいけないと国の法律で強く義務付けられている。
故に、術家の人間は外部との接触を図る際には本名を知られてはいけない。
その為にも仮名を使うことは原則。
そこまで徹底させないと両世界での秩序が保たれないからだ。俺はそのことを視野に入れ、もう一度目の前に立つ女を見る。
俺の予想が正しければ、こいつはアイツと同じ久野家の人間。つまりは…
「久野家の術師が俺に何の用だ」
「まあ!私のことを知ってて下さったの?嬉しい!」
女は何を勘違いしたのか更に距離を詰めてくる。