「お兄さん、突然すみません。私、実はこういう事務所のものでして。モデルの方に興味とかって」
「うぜー」
スカウトマンに声を掛けられるのもこれで何度目だろう。その何度目かの声掛けに若干のイライラを募らせつつ、耳を傾けることなく横を通り過ぎていく。今日は京都駅周辺をぶらつこうとでも思い、コッソリ抜け出してみればこれだ。
隠世ではお目にかかれないショップも。
食べ物や欲しい物もこちら側では何でも手に入る。
だが毎度ながら謎に足止めを喰らうと謎に変な勧誘を持ち掛けられる。大切な時間をこんなことで台無しにされるのは気分が悪い。だから最近では聞く耳も失せてシカトを決め込むようにしていた。現世に生きる人間共を相手するのはやっぱし骨が折れるし面倒くさい。
ふと近くに目をやればコーヒーショップが見えた。
現世の世界は俺らの世界とは違って冬。
寒さ対策のためにも、まずは温かい物でも飲んでおくかと店内に足を踏み入れる。コーヒーを注文して席に座るが周りからの視線が特に女達からの視線が強い。
だがこれも全てに無視を決め込む。
あいにく、俺は人間共に興味はない。
「あの~♡お兄さん今、お暇ですか?」
ちらりと目線をあげると一人の女が俺に声をかけてきた。
「暇じゃねぇ。邪魔、どっか行ってくんね?」
「え~、てかお兄さんって芸能人かアイドルか何か?めちゃくちゃイケメンなんだけど!」
女は俺の声には耳も貸さず、半ば強引に隣へと座ってくる。
横から俺の顔を何度も覗き込んめば、わざとらしく騒ぎ立て始めた。
見れば茶色に染められカールされた長髪にばっちりメイクの行き届いた顔。コートの下に着たトップスの間から覗く谷間をわざと見せつけてくる姿に反吐が出そうだ。だが女はそんな俺の気持ちには気づいていないのか、興奮した様子で更に距離を詰める。
「ほんとイケメン…。こんな綺麗な顔、今までみたことない。お兄さん私のタイプで嬉しい。お金なんていらないわ、代わりに私が奢ってあげる。だから一緒に遊びに行こ♡ね?」
女はうっとりした顔で俺の顔に触れる。
いやらしい手付きで顎を撫でられればキツイ香水が鼻を掠めた。
「行かねぇつってんだろ」
「もしかして彼女を待ってたりとかするの?」
「…別に。そんなんじゃねぇ」
「え、なら今フリー⁉イケメンだし彼女の一人や二人、絶対ストックしてると思ってた!」
彼女。
そう聞かれて頭に思い浮かんだのはアイツの姿。
久野時雨…か。
「(は⁈なんでそうなる)」
アイツと俺は家同士が勝手に決めた、言わば政略結婚としての間柄。
そこに愛だなんだと語れるものなどない。
現に俺はアイツのことをまだ認めてはいない。
だからこそ結んだ。
お互いにプライドをかけた利害一致の契約。
一体、好きになる要素がどこにある?
「うぜーな。つーか、さっさとどっか行けって」
「え~、あ、なら連絡先だけでも交換して?♡それで今度…」
「うっせえ!どっか行けつってんだろうがブス!」
「きゃ!」
諦めの悪い女にとうとう我慢の限界となった俺は女を軽く押し返した。
席を占領されれば立ち上がることすらできない。
そんな俺の態度に女は若干の困惑気味を浮かべた顔でこちらを見つめていた。だが今度はその顔をわなわなと怒りへ変えると物凄い剣幕で俺に迫ってくる。
「は⁈ブスって何よ!あんまりじゃないの!!」
「うっせえ、俺がブスつったらテメェはブスだ。顔面加工で盛っているテメェの顔なんかに誰が興味なんかそそるかよ。邪魔だ、分かったらさっさと消えろ」
「ッ〜!な、何よ、ちょっと顔が良いからって!!」
女は怒ってそう吐き捨てると店を出ていった。
残された俺に先程までのやり取りを聞いていたのか周囲が不審な目を向けてくる。
折角の休憩が台無しだ。
これ以上、店に居るのも気まずい。
仕方なくコーヒーカップを捨てると俺は店を後にした。
「ったく、せっかくのショッピングが台無しじゃねぇか。ぶっちゃけあんなケバイ女のどこがいいんだか。…アイツならあんなことしないのに」
…は?
気がつけばまたアイツの名前を口に出していた。
いやいや意味が分かんねぇ。
俺はアイツに興味はねぇとハッキリ言った。
なのに一体、何を考えてんだよ。
だが考えれば考えるほど、無性にアイツのことが頭の隅にチラつき離れない。
なんだかムカムカしてきた。
「あークソ。マジなんなんだよ!」
よく分からないこの気持ちの正体に理解が出来ず苛立てばガシガシと頭をかいた。