無難に、簡潔にまとめあげて見上げると、綾崎先生はじっと探るみたいに私を見つめていた。

「っ、」

 穴が開くのではと思えるほど真っ直ぐな双眸に、心臓が早鐘を打つ。瞬間、背後からゴンゴンッと扉を叩く音がしたので、思わず肩を竦み上がらせた。

「はい、どうぞ」
「綾崎先生、面談中にすみません。ちょっといいですか」
「あー……急ぎです?」
「はい。青鳴祭(せいめいさい)の件で、ちょっと」
「分かりました……すぐ追いかけます」

 扉の方を振り向くと、朝ちゃんが「ごめんね」と私に手を合わせている。どうやら緊急事態らしく、タイムリミットまで約一分余したところで、綾崎先生は立ち上がった。そのとき、床に何かが弾けるような音がしたけれど、先生が椅子を引いた音に掻き消された。

「悪い、ちょっと行ってくるわ。続きは——」
「いえ、大丈夫です。吐いたら、なんか少し楽になりましたし。ありがとうございました」

 意外としっかり聴いてくれるんだな、この人。綾崎先生の好感度が少し上がった。
 先に教室を出た朝ちゃんを追うように、先生は扉の方へ足を進める。そのまま「じゃあ」というので立ち去るのかと思えば、

「遠山は、どうしたって目の前の俺にはなれない。それだけで十分個性だ」

 と言って扉を開く。律儀にも、最後の悩みに応じてくれたのかと感心する反面、抽象的で曖昧なその言い様は半ば適当感も拭えない。
 そんなものの何が個性なのよ。少し眉を寄せて今度こそ残像を見送ったつもりでいると、先生は再び扉から半分顔を覗かせて、言い残した。

「青鳴祭、楽しめよ」



 先生たちのなかでは“文化祭”や“学祭”ではなく、この浅羽(あさば)高校オリジナルである『青鳴祭』と呼ばなければいけない、という規則でも決められているのだろうか。
 朝ちゃんと綾崎先生が残した言葉から、推測して席を立つ。

「……ん?」

 すると、先生が座っていた椅子の傍に、小さな銀色の小物が落ちているのが見えた。

「イルカ?」

 拾い上げたその小物はイルカを象ったステンレス製の飾りで、所々傷が付いている。飾りの上に筒のような金具がついているので、おそらく元はストラップか何かだったのだろう。接続部分が裂かれて、イルカ部分が落ちてしまったのだと察しがついた。
 あまり綺麗な状態とはいえないけれど、もしかして先生の私物?……そういえば、先生が椅子を引いたときに音がしていたっけ。

「……まあ、明日返せばいっか」

 私はイルカを制服のポケットに沈め、一人でに呟く。廊下からも、すでに佳子たちの声は聴こえなくなっていた。