暖かい光に包まれながら、一年前の学園祭を思い出す——。

 あの頃、劇をすることになったクラスのなかで、私は文化祭実行委員という腕章を付けていた。大役を任されたわけではない。くじで決まった委員の一人に「他校の友達が遊びに来るから」当日時間がない、と代わりを請け負わされただけだった。
 彼女は、鴨田(かもた)さんはクラスでも目立つ存在で、彼女の所属するグループの女子たちはそれだけで存在感を放っていて、そのグループに目を付けられたら平和な学園生活は望めない。
 私は幸い、彼女たちと関わりの薄い物静かなグループに所属していたのだけど、その年の一件で白羽の矢が立ってしまった。関わりはなかったけれど、顔立ちがどうとか、先生に媚びを売っているとか、彼女たちが私の“気に入らない点”を話しているところを耳にしてしまったことがある。なので、急な指名にもあまり驚きはなかった。
 一連のやりとりを見ていた友達は、「頑張ってね」「透子ちゃんだから任されたんだよ」と声を潜めて言った。その台詞なら声を潜めなくても大丈夫よ、と思ったけれど「頑張ってね」としか言うことの出来ない彼女たちを、責める気持ちにはなれなかった。

 実行委員が避けられていた理由は、挙げるまでもない。当日まで連日続く会議への参加や、クラス内の出し物に関わる事務手続きが一任され、当日はクラス外を回る時間も限られている——……そう、先輩たちからしっかり引き継がれていた。

「……劇にも、参加できなかったなぁ……」

 学園祭を前日に控えた放課後、皆が伝統花火で盛り上がっているなか、私は鎮火した心で暗闇に潜る。
 まだ始まってもいないのに、“参加できない”ことが確定の()し物。その大道具のなかに潜って、私は息を吐いた。騒がしい外の声も、見ないふりをする友人の哀れみも、鴨田さんから注がれる排他的な笑みも、すべて四方から遮断してくれるこの空間が、落ち着いた。

「いてて……」

 とはいえ、狭苦しいのは確か。ずっと仰向けでいるのが辛くて、寝返りをうってみる。ガコガコガコッ——、とあまり良くない音がしたけれど、大丈夫だろうか。
 私は頭上に落とされた蓋を開けて、上体をゆっくり起こした。

「う、わっ?!」

 その声は、明かりのついた廊下から響いた。照明を消されたこの教室内を見て、肩を竦めて驚いている。……あれは、たしか——、

「あ……ごめんなさい、幽霊とかじゃないですよ。宮城です」
「……え……ああ、そう……。綾崎です」

 そうだ。隣のクラスの、綾崎くん。
 背に大きな荷物を抱えた彼に、私は頭を垂れてもう一度謝った。驚かせてしまってごめんなさい、と。

「いやいいけど。なんでそんなとこに居んの。ビビるわ」

 決して優しい言葉ではないけれど、きつくもない。低音で厚みのあるその声は、聞き心地が良かった。

「気持ちが落ち着くというか……意外と寝心地よくて、」
「花火は。やんなくていいの?」

 窓の外を指して、彼は言う。私は視線を落として頷いた。

「いまは、あんまり綺麗に思えなくて」
「花火が?」
「うん。……楽しそうにしてる皆の声も、あんまり聞きたくな——」

 そこまで言って、口を塞ぐ。思わず溢れた本音に、私自身が驚いていた。
 前夜祭に参加するために、実行委員へ預けられた雑務がまだ残っている教室内——見渡しながら、自分自身に辟易した。断れなかった自分が一番悪いのに、皆の声を聞きたくない、なんて……。

「実行委員って大変?」

 自己嫌悪に陥る最中、割り込んだ声。気づけば、彼は私が潜っていた棺の傍にしゃがんでいた。

「え……あの、どうして実行委員だって、」
「腕章付けてるじゃん」
「あ、確かに」

 制服にピンで止めた、黄色い腕章に視線を落とす。彼は縦に長い荷物を置いて、軽く伸びをした。