「興味はあるよ。人間に興味があるから、教師やってるようなもんだし」
「へぇ……意外です」
「こっちが建前かと思ったか」
「はい」
「素直でよろしい」
「……だって、興味あるように見えなかったから」
「それも正解。やたらと振り撒かないようにしてるからな」

 この人は、今どうしてこんなに晒け出してくれるのだろう。あるだけの質問を投げ掛けながら、回転率の良い回答ぶりに私は少し驚いていた。

「振り撒かないようにって?」
「興味を振り撒けば必ず“差”が生まれる。残念ながら、教師ってのも人間だからな。興味を注ぎたくなる人間とそうでない人間が存在してくる」
「つまり、興味を注がないようにしてるってこと? 意図的に?」
「そーゆーこと」

 あ。つーかお前、これ他の先生方には絶対言うなよ。
 そう付け加える表情は真剣で、少し可笑しい。生徒に興味を持たないなんて怠慢だ、というお小言も想像できない訳ではないけれど、私は妙に納得してしまった。
 いつだってその“差”に苦しめられてきた私からすれば、むしろ全員均等にゼロ配分の方が好意的。とはいえ、この言い分には続きが存在していた。

「ただしな、生徒自身が関心を求めている場合は別問題だぞ」
「え?」
「例えば、人生の大先輩である綾崎先生に人生相談を持ちかける場合、とかな」

 満足げに弧を描いた唇に、眉根を寄せる。

「先生に人生相談?」
「あったら言ってもいいぞー。ただし、あと五分以内でな」

 数秒間、私は逡巡した。佳子たちとの冷戦の件は、誰かに吐き出せば楽になるとかそういう問題ではない。私自身に募った悩みは、今うまく言語化できるほど纏まってはいない。話しているうちに絡まってタイムオーバーになるのがオチ。

 ——でも、この人の考えを聴いてみたい。

 机に落とした視線を持ち上げ、軽く息を吸い込む。まさか綾崎先生に吐き出すことになるなんて夢にも思わなかった。それも、たった五分間で。

「私、実はそこまで『ミスター&ミセス スミス』のファンじゃないんです」
「ん?」
「自分のキャラクターを作ろうと必死で、生まれる前の映画を好きだと言いました。それだけじゃなくて、本は小説よりも新書が好き、とか。恋愛ドラマよりも時代劇の方が燃える、とか——」
「わかった、いや、ちょっと落ち着け」

 そっちが収めろって言ったんでしょうよ。先生を睨むと、彼はこめかみをポリポリ掻く。あからさまに困ったような表情に、心は沈没寸前だ。

「ほら……やっぱり相談なんて、」
「——つまり、遠山は“自分を演じてる”ってことか」

 しかし浮上も早かった。綾崎先生の言葉はまさに今の自分にピタリと嵌まって、年の功も伊達じゃないなと偉そうなことを考えた。

「そう……そんな感じです」
「で、悩んでんだ」
「はい。まあ、そんな感じです」
「さっきまでの勢いはどうした」

 だって、これ以上は佳子たちを巻き込むことにもなる。名前を伏せて言ったとしても、普段の様子から私が話題に出すのがあのグループのメンバーだということは一目瞭然。
 善人を気取る訳では無かったけれど、いまここで彼女たちの話題を出すのは少し卑怯な気がした。大人である先生を味方につけよう、なんて狡い真似はできない。もっとも、綾崎先生はどちらの味方にもならない気がするけれど。

「私には、皆みたいな才能も、カリスマ性も、個性も……なんにもないのが悩みです」