「可愛いね、これ。ストラップになってるんだ」
「まぁ、気に入ったんなら良かった」
「え、俺にはないの? 戦利品」
「……あるわけねぇだろ」

 クガヤマくんを睨み付けながら、解答用紙を手渡す綾崎くん。名前の欄には『久我山 悠誠(代行)』とバランスの保たれた綺麗な字で書かれていて、綾崎先生の板書を見ていつも「綺麗だなぁ」と感心していたことを今さら思い出す。
 そして、クガヤマくんの手元へ再び視線を流した私は、先ほどまでケータイに映っていた画像を脳裏に留めながら、暗号を開いた。

「そうだ、綾崎くん!これ、この暗号なんだけど……!」

 勢い余って、綾崎くんの腕を揺する。彼は少し目を見開いた直後、暗号へ視線を移した。



 この暗号の四つの区切り——、どこかで見たことがあると思ったら、

「これ、楽譜だよ……!」
「楽譜?」

 興奮気味に言う私と暗号を交互に見ると、綾崎くんは早くも気づいたようで「あ」と息を吸い込んだ。一方、隣で彼の肩に腕を乗せた久我山くんは、変わらず唸っている。

「久我山くんが写真でその、楽譜を見せてくれて、あー!って」
「なるほど……言われてみれば、」
「でしょ。この縦線は小節ごとの区切りを表してたんだよ!」

 つまり、縦線の間に収まった数字は “音符” だ。
 冷めやらぬ興奮を携えたままそこまで説明すると、久我山くんも整理がついたようで、綾崎くんの肩をバシバシ叩いた。

「おい叩くな」
「気持ちいいなこれ、解けるとすんごい気持ちいい!」
「いや、まだ解けてないだろ」
「ん?」
「楽譜なのは解ったけど、犯人が誰かはまだ——」
「大丈夫、任せて。……そうだ、ペン持ってる?」

 未だ気は抜けない、と言いたげな綾崎くんに頷いて、久我山くんの筆箱から差し出されたペン握る。壁を下敷きにして暗号にメモを残していくと、二つの影が小さな紙に被さった。

「“1” は “ド”でいいのか、これ」
「うん。数字譜っていうんだって。昔、おじいちゃんからハーモニカを教わったときに聞いたの。“0”は見たことなかったけど、たぶん休符を示してるんだと思う」
「休符……」

 復唱された言葉に頷きながら、数字譜を紐解いていく。
 最初の一行は「ドドド レミレ ミミファ ソー・」となるけれど、気になるのは記号の部分。

「あとは “()” にくっついている “(テン)” と、“()” の下にある横棒だけど……テンは付点四分音符の点を表してるんじゃないかな」
「えっ、トーコちゃん、なんか楽器習ってたの?」
「え、と……うん、小学生のときに少しだけピアノを」

 昔の苦い記憶を引っ張り出して頷くと、久我山くんは「だからかぁ」と隣で頷いている。習ったことはあるけれど、いくら練習を重ねても上達せず、同じタイミングで習い始めた同級生が才能を開花させた頃合いで手放してしまったのだ。
 あの子は指が長くて、しなやかに音を奏でることができる。ワルツも、ノクターンも……同じ音楽教室の発表会で、弾きたい曲は全部あの子が持っていった。私もあの子と同じくらい指が長かったら、きっとあの子よりも上手に弾けたのに——。
 そう巡らせていた頃の私は、自分の才能のなさを理由に努力を怠った。出来ないことに理由をつけて、出来る人を前に立てて劣等感を自分に括りつけた。
 ただ純粋に「音楽が好き」という理由で作り始めた宝物の鍵を、私は途中で放り投げたんだ。