「どうしよう。全然わからない」
「……俺も」

 三年二組の教室を離れたあと、私たちは行く宛もなく廊下を歩きながら、暗号に苛まれている。開始から五分足らず、しかしすでに穴が空くほど封の中身を見つめているのに全く解らない。
 視線を持ち上げて少し辺りを見回すと、同じ腕章を付けた助手の一人も唸っていたので少し安堵し、同時に焦燥感を巡らせた。
 だって、羽純を救出するためには、誰よりも早くこの謎を紐解かなければいけないのだから。

「……なんだろう、この数字」

 とはいえ、現状は取り付く島もない。再び視線を注いだ白い紙には、数字と記号が整列していた。



 使われている数字は“0”~“7”。一見規則性の無さそうな区切りにも意味があるはずだ。それに、いくつかの数字に丸が付けられているのも気になるところ。

「丸い丸い丸い?五対〇……?いや違うか……」

 隣から覗き込み、顎に指を当てながら巡らせている綾崎くんも、数字の解読に行き詰まっている。焦れば焦るほど、考えれば考えるほど糸は絡まり、脳内で数字がゲシュタルト崩壊を起こしていた。

「私、数字が苦手なんだよね。というか、算数とか数学がすごく苦手」

 気分転換になるかはさておき、視線を注いで穴だらけになった紙から顔を持ち上げてみる。綾崎くんも相当目がやられていたのか、眉間を摘まみながら息を吐いた。一時休戦が賢明かも、と私は紙を折りたたんだ。
 しかし将来の数学教師をも悩ませるとは、三年二組の出題者はかなりのやり手だ。……まさか、これもオリ先輩だったりして。

「俺は数学が一番好きだけどな」
「えぇ、すごいなぁ」

 うん、やっぱりね。
 内側で納得しながら、心ばかりに目を見開く。

「ずっと好きだったの?」
「最初は他の教科よりマシってくらいだったけどな。今は解くのが楽しいよ」
「いいな、その感覚。羨ましい」
「いいじゃん。宮城は文系得意だろ」

 確かに私も透子と同じ文系だけど、頷くのは躊躇われる。文系という括りは理系よりも雑多で、私の場合は「理系科目が振るわない」という理由で選択をしただけ。選んだというより、選ばされたという感じだった。

「私は、応用問題が解けないから」
「応用問題?」
「自分で方法を考えて、閃いて、答えに導く……みたいな。そういうのが苦手なの」

 やり方を暗記して解ける応用問題はいくつかあったけれど、真新しい問題をイチから紐解いていく気持ち良さが私には解らなかった。いくら丸をもらっても、テンプレートを引用した回答を誇ることは出来なかった。

「だからね。本当はこういう、謎解きとかもすっごく苦手なんだ」

 苦笑を乗せて見上げると、綾崎くんは神妙な面持ちでこちらを見据えていて、心臓がドキリと跳ねる。そして瞬きをした次の一瞬で、彼の片頬には笑みが乗せられていた。

「意外と悲観的だよな、宮城って」

 意外と、に再び跳ね上がる。

「えっ、そうかな……」
「意外と毒舌だし」
「そ、そんなことないでしょっ」
「思ってたより捻くれてて、面白いよ」

 欠点を言われているはずなのに、こうも面と向かって、笑みを携えながら言われると悪い事のような気がしない。
 ……なんだかすごく調子が狂う。だって、静かに喉を揺らす綾崎くんは何故か愉しそうだから。