「見る目あるじゃん。遠山さん」
「え……何が?」
「相談したの、綾崎先生で正解だよ」
「いやぁ……でも時間無かったから、最後は適当だった気がするけど、」
「私は信頼できると思うなぁ~、綾崎先生」

 そういえば、永島さんは教室でも先生を庇っていたけど、もしかして何かある……? とは訊けずに、綺麗な横顔を見据える。すると、こちらを向いた彼女とバッチリ視線が交わったので、思わず肩を弾いた。

「百田さんたちのことは話さなかったの?」

 佳子のことは話していない。頷けば、「そのまま相談しちゃえば良かったのに」と永島さんは凭れた背を起こして立ち上がる。叩かれるスカートから舞う埃は、西日をキラキラと反射した。

「面談する前から気にしてたのかもよ。遠山さん、あのグループで居心地悪そうだったし」
「そんな、たった数日で分かるわけ、」
「数日じゃないでしょ。普通に、最初っから楽しくなさそうだったじゃん」

 ん~っ!と伸びをする永島さんは、何の気なく核心を突く。派手で目立つグループに居座ることも個性の一つだった——それを、彼女にはとっくに見抜かれているのかもしれない。

「じゃ、私は仕事に戻らないと。前夜祭の花火は無くなっちゃったけどねー」
「え……ああ、そっか。じゃあ私も、」
「いいっていいって。まぁゆっくりしていきなよ。生徒会公認」
「でも、」
「大丈夫。見つからなければね」

 ……もっと話してみたかったな。
 殊勝な思考を呑んで、悪戯っぽく笑った永島さんの背を見送る。もしかしたら学祭ではもう少し話せるかも、なんて期待を華奢な背中に寄せると、彼女は振り向き様に微笑んだ。

「ざらめのこと、宜しくね」



 ——宜しく、って言われてもなあ。

 扉の閉まる音が響き渡った後、残された多目的室で一人縮む。ざらめの住み処を覗き込むと、中から「にゃあ」と声がした。ふてぶてしい割りに鳴き声は細くて可愛い。

「おーい、ざらめ~」

 初めて名前を呼んでみると、得体の知れない高揚感が体を巡る。それに、永島さんと秘密を共有しているようでなんだか擽ったい。

「ざらめー、私にも触らせて……にゃー」

 うん、これはダメだ。美人にしか許されないやつだ。隙間を覗き込みながら、調子づいた猫真似を悔いて頭を垂れる。——と、

「うぇっ、イダ……ッ」

 何かがずっしり頭にのし掛かった感覚と、ペタペタ床を鳴らす音が傍で響く。
 急いで顔を持ち上げて振り向くと、そこには私の頭を乗り越えたであろうデブ猫が、こちらを向いて座っていた。普通なら“お座り”と言うのが適当かもしれないけれど、彼は確かに“座って”いるように見えた。

「えっ、ちょっとざらめ……!」

 追いかけると、()は体型からは考えられないほどの軽々しさで生徒お手製の道具たちを跨いでいく。時折、その小さな足に引っ掛けて小道具が落ちそうになるのを、私は人並みの反射神経でどうにかキャッチして元の位置に戻す。

「もうっ、どこが利口なのよ」

 親バカというやつか。永島さんがざらめを過大評価していたことを少し恨みつつ、彼の背中を追いかける。……もしこの場で道具が破損でもしたら大変だ。自分が犯人として仕立て上げられることも容易に想像がつく。
 だから私は捕らえるのに必死だった。劇で使うであろう立派な“棺”にざらめが入ってしまったときには、一緒にその中へ潜り込むほど熱中していた。