「テーブルクロスやテントに燃え移った炎は周りの木を焼き尽くした。最悪だったのはそのとき、店に隣接する体育館の舞台袖に……生徒が一人居たってことだ」

 生徒は、その火災が原因で命を落とした——。

 続けられた言葉に、クラスメートの大多数が息を呑む。そして一人が「こわ……」と放ったのを皮切りに、混乱の渦が再び教室内を巻き始めた。

「……その事故が、中止にされた原因なんですか」
「ああ。近隣の自治体から意見が上がった。突然のことで混乱していると思うが、住人の皆さんは過去を知っているからこそ、生徒の安全を思って意見を出された。……それだけは理解してほしい」

 先生の頭が垂れる。低く厚みのある声で丁寧に紡がれる言葉は、きっと昨日から何度も頭のなかで思考を重ねたものなのだろう。用途は違えど、自分を演じるために台詞を逡巡させてきた私には、手に取るように分かった。同時に、昨日面談の最中に朝ちゃんが呼び出した緊急の件と紐付いた。

 再び火の粉が飛び散ったのはその直後のこと。
 クラス内でも“一軍”などと称されるグループに属する男子生徒が「俺らには関係なくね?」と小声で嘆いた。ざわめきのなかで、先生には届かない程度のボリュームだったその小言は、

「先生。でも、僕たちには関係のないことだと思います。十分に注意を払うから、ということで花火実施に至ったはずですし」

 と席を立ち上がって放つ学級委員によって、綾崎先生を焦がす火矢となる。
 私は斜め前に聳えるそのスピーカーを強く睨んだ。“一軍の味方をした自分”というステータスで地位を確立しようとしている様が目に見えて、無性に腹が立っていた。
 個性を繕い、存在感を確立している私と重なっていたからかもしれない。

「そうですよ。自治体?の人も急すぎるし」
「うん、そうだよね……」
「うちら別に、何も悪いことしてないもんね」

 思考を重ねた一夜城に、冷たい炎が染み渡っていく。

「——っ」

 ただ真っ直ぐと、生徒たちの視線を呑む先生を見据えながら、私は机の下で拳を強く握りしめる。自分の握力はそう強くなかったはずだけど、爪の痕は深くめり込んだ。昨日の今日で、どれほど胸が絞られる思いがしても、ただそこに居るだけの自分に失望していた。
 ——こういうときに飛び出せる勇気があったのなら、もっと自分の存在意義に自信が持てるのかもしれない。

「事故の凄惨さを知りもしないのに、無神経極まりないな。あんたたち」

 例えばそう、こんな風に。
 静まることのないオーディエンスから芽を出した、とある一人のクラスメート。大衆に紛れながら彼女の凛々しい姿を見据える私は、拳を一層堅く握りしめていた。

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 “綾崎先生の誠意が伝わらないの? あんたたちそれでも偏差値高いの? てゆーか、ここで先生一人責め立てたって、何の意味もないことくらい分からない?”

『——青鳴祭の意義の一つは、“地域住民の方とのふれあい”です。……従って私たち生徒会は今回の意見を真摯に受け止め、前夜祭での花火を中止することに同意しました』

 大衆から芽を出したクラスメートの台詞の一部を、生徒会長の声がおよそ同じ言葉でなぞっていく。全校集会で体育館に集められた生徒たちは、不満の声を床に落としながらも消沈していた。