◇◇
「この男が、紅琳の……友人?」
建 朔樹の詳細を、きちんと説明していなった分、華月は心底、驚いていた。
よほど、紅琳には、まともな友人がいないと感じたのか、それとも、奇抜な格好の男が単に珍しかったからか。
以前は、花の刺繍入りの真っ赤な道服を着ていた朔樹だが、さすがに今はやめたらしい。ひらひらの斬新な袖は変わらないが、十年前より地味な紺色の道服を身に着けていて、長髪も無難に一つに束ねていた。
三十歳は越えているはずなのだが、風貌は何一つ変わっていない。昔から性別年齢全部が不詳で、とにかく謎だらけの男だった。
「朔樹は変人だが、私の育った集落の中では、腕の良い呪術師だった。長と仲違いして、市井に住むようになって。昔は私も朔樹に泊めてもらうことが多かったんだ。仲良くさせてもらっていた」
「……嘘でしょう?」
「何だ。私の友人がそんなに珍しいのか?」
「貴方、こんな若い……男の家に泊まっていたのですか?」
――そこか……。
ふしだらと言わんばかりに、華月に睨まれて、紅琳は頭を掻いた。
(……面倒臭い)
朔樹の家は散らかっているということで、人気のない裏道で立ち話をしている。
ほとんど、すれ違う人はいなかったが、それでもたまに出くわす人の視線が痛かった。
主に、華月の美貌と、朔樹の格好のせいだ。
紅琳は早口で説明した。
「華月。見ての通り、朔樹は、見た目男だが、心は女だ。だから、愛する対象も男。私は対象外なんだよ」
「本当に?」
「あら。嫉妬しているのね。可愛い子。でも、そうなの。あたし、男が好きなのよ。だから、男の貴方の方に興味があるの」
「分かるのですか? 私に掛けられている呪いが?」
「ええ」
朔樹は、即答した。
その辺り、腕も落ちていないらしい。
「見た目は女の子でも、女の子の魂じゃないもの。多少敏感な人なら、見抜けるんじゃないかしら?」
「はいはい、どうせ、私は鈍感だよ」
「……違いますよ、朔樹様が凄いんですって!」
李耶が紅琳を押し除けて、身を乗り出した。
「先触れも出していないのに、朔樹様、私達が来るって、分かっていたんですから」
朔樹は家の前の通りで、紅琳の到着を待っていたらしい。
李耶とは初対面にも関わらず、すぐに馬車の中に、紅琳がいることを当てたそうだ。
「そうなの。紅琳ちゃんが来るってことは、昨夜、夢を見て、分かっていたのよ」
「何だよ。お見通しだったってわけか?」
「ふふっ。あたしを誰だと思っているの。……この国のさる御方に掛けられた呪いのこと。皇城の術師は洗脳されているかもしれないけど、在野の術師は随分前から気づいていたのよ。でも、泰楽帝は術師に嫌われているし、率先して解こうという人間が今まで現れなかった」
「私、知っています。泰楽帝って、国中の優秀な術師を半強制的に集めて、本気で不老不死になろうとしていたんですよね?」
伝聞でしか知らない李耶は、他人事のようにあっけらかんと尋ねた。
朔樹で良かった。
――泰楽帝は、恨まれている。
その話を、気安くすることが出来る術師は、朔樹くらいのものなのだ。
「そうなの。晩年になるほど、なりふり構わずね。……で、研究が進まないからって、処刑された者も多くいたのよ。紅琳の母上も間一髪逃げて、須弥の集落で匿ったの。一時期は国ごと滅ぼしてやるって息巻いていた術師もいたけれど、その辺り泰楽帝も周到で、いろんなモノに、自分を守らせた。本当、狡猾なオッサンだったわ」
「だから……か」
「華月?」
突如、華月が嗤い始めた。
「だから、いくら私が術師に問い合わせても、解呪は出来ない。無理だと。協力を申し出た者は一人もいなかった。……つまり、現状、この国の呪術師達は、国なんて滅んでしまえば良いと、そう思っているということですよね」
普段の柔い声ではない。
地を這うような低い声。
まるで、自身を呪っているようだった。
「この国は衰退している。泰楽帝の時から、傾いて、今では宰相の玉榮が国を我が物顔にしている。自分お気に入りの官僚を贔屓して、税を悪戯に上げて、私服を肥やし、諫言する者を皆、密かに葬って……。私は、奴の傀儡になる為に、生まれて来たのですか?」
「華月」
――辛いのだろう。
(自分の危機を、国の異変を察知して、足掻いているのに、誰も手を差し伸べてくれないことが……)
後宮から外に出て、改めて紅琳も痛感した。
十年前、活気に満ちていた皇都は、うら寂しく閑散としている。
疎らに歩いている人達の表情も暗く、衣裳も質素になったようだった。
こんな姿を目の当たりにして、この国の皇帝である華月が何も感じないはずがないのだ。
「ここでは華月……様で宜しいでしょうかね?」
朔樹が初めて華月を「様」付けで呼んだ。
最初から、華月が皇帝であることに気づいていたのだろうから、彼なりに、色々と見極めていたのだろう。
「確かに、術師達は蒼国を恨んでいる者も多くいます。ですが、私達にもいろんな人間がいます。依頼を皆が断ったのは、別の要因でしょう」
「……別の要因?」
華月が眉を吊り上げて、問いかけた。
「この男が、紅琳の……友人?」
建 朔樹の詳細を、きちんと説明していなった分、華月は心底、驚いていた。
よほど、紅琳には、まともな友人がいないと感じたのか、それとも、奇抜な格好の男が単に珍しかったからか。
以前は、花の刺繍入りの真っ赤な道服を着ていた朔樹だが、さすがに今はやめたらしい。ひらひらの斬新な袖は変わらないが、十年前より地味な紺色の道服を身に着けていて、長髪も無難に一つに束ねていた。
三十歳は越えているはずなのだが、風貌は何一つ変わっていない。昔から性別年齢全部が不詳で、とにかく謎だらけの男だった。
「朔樹は変人だが、私の育った集落の中では、腕の良い呪術師だった。長と仲違いして、市井に住むようになって。昔は私も朔樹に泊めてもらうことが多かったんだ。仲良くさせてもらっていた」
「……嘘でしょう?」
「何だ。私の友人がそんなに珍しいのか?」
「貴方、こんな若い……男の家に泊まっていたのですか?」
――そこか……。
ふしだらと言わんばかりに、華月に睨まれて、紅琳は頭を掻いた。
(……面倒臭い)
朔樹の家は散らかっているということで、人気のない裏道で立ち話をしている。
ほとんど、すれ違う人はいなかったが、それでもたまに出くわす人の視線が痛かった。
主に、華月の美貌と、朔樹の格好のせいだ。
紅琳は早口で説明した。
「華月。見ての通り、朔樹は、見た目男だが、心は女だ。だから、愛する対象も男。私は対象外なんだよ」
「本当に?」
「あら。嫉妬しているのね。可愛い子。でも、そうなの。あたし、男が好きなのよ。だから、男の貴方の方に興味があるの」
「分かるのですか? 私に掛けられている呪いが?」
「ええ」
朔樹は、即答した。
その辺り、腕も落ちていないらしい。
「見た目は女の子でも、女の子の魂じゃないもの。多少敏感な人なら、見抜けるんじゃないかしら?」
「はいはい、どうせ、私は鈍感だよ」
「……違いますよ、朔樹様が凄いんですって!」
李耶が紅琳を押し除けて、身を乗り出した。
「先触れも出していないのに、朔樹様、私達が来るって、分かっていたんですから」
朔樹は家の前の通りで、紅琳の到着を待っていたらしい。
李耶とは初対面にも関わらず、すぐに馬車の中に、紅琳がいることを当てたそうだ。
「そうなの。紅琳ちゃんが来るってことは、昨夜、夢を見て、分かっていたのよ」
「何だよ。お見通しだったってわけか?」
「ふふっ。あたしを誰だと思っているの。……この国のさる御方に掛けられた呪いのこと。皇城の術師は洗脳されているかもしれないけど、在野の術師は随分前から気づいていたのよ。でも、泰楽帝は術師に嫌われているし、率先して解こうという人間が今まで現れなかった」
「私、知っています。泰楽帝って、国中の優秀な術師を半強制的に集めて、本気で不老不死になろうとしていたんですよね?」
伝聞でしか知らない李耶は、他人事のようにあっけらかんと尋ねた。
朔樹で良かった。
――泰楽帝は、恨まれている。
その話を、気安くすることが出来る術師は、朔樹くらいのものなのだ。
「そうなの。晩年になるほど、なりふり構わずね。……で、研究が進まないからって、処刑された者も多くいたのよ。紅琳の母上も間一髪逃げて、須弥の集落で匿ったの。一時期は国ごと滅ぼしてやるって息巻いていた術師もいたけれど、その辺り泰楽帝も周到で、いろんなモノに、自分を守らせた。本当、狡猾なオッサンだったわ」
「だから……か」
「華月?」
突如、華月が嗤い始めた。
「だから、いくら私が術師に問い合わせても、解呪は出来ない。無理だと。協力を申し出た者は一人もいなかった。……つまり、現状、この国の呪術師達は、国なんて滅んでしまえば良いと、そう思っているということですよね」
普段の柔い声ではない。
地を這うような低い声。
まるで、自身を呪っているようだった。
「この国は衰退している。泰楽帝の時から、傾いて、今では宰相の玉榮が国を我が物顔にしている。自分お気に入りの官僚を贔屓して、税を悪戯に上げて、私服を肥やし、諫言する者を皆、密かに葬って……。私は、奴の傀儡になる為に、生まれて来たのですか?」
「華月」
――辛いのだろう。
(自分の危機を、国の異変を察知して、足掻いているのに、誰も手を差し伸べてくれないことが……)
後宮から外に出て、改めて紅琳も痛感した。
十年前、活気に満ちていた皇都は、うら寂しく閑散としている。
疎らに歩いている人達の表情も暗く、衣裳も質素になったようだった。
こんな姿を目の当たりにして、この国の皇帝である華月が何も感じないはずがないのだ。
「ここでは華月……様で宜しいでしょうかね?」
朔樹が初めて華月を「様」付けで呼んだ。
最初から、華月が皇帝であることに気づいていたのだろうから、彼なりに、色々と見極めていたのだろう。
「確かに、術師達は蒼国を恨んでいる者も多くいます。ですが、私達にもいろんな人間がいます。依頼を皆が断ったのは、別の要因でしょう」
「……別の要因?」
華月が眉を吊り上げて、問いかけた。