◇◇
紅琳の想像以上に、万能符の効力は絶大で、華月の熱はすぐに下がり、呼吸も楽になったそうだ。
夕刻には意識を取り戻したと、連絡も入り、紅琳はすぐにでも華月のもとに駆け付けようと思ったのだが……。
逡巡の末、やめた。
(私に来られても、華月が困るだろう)
――華月は「男」だった。
余程の事情があるはずだ。
きっと、すぐに返答など出来やしない。
(華月も、全快するには、時間がかかるだろうし、もう少し待つとするか)
―しかし。
予想に反して、その日の夜に、紅琳は華月から呼び出されたのだった。
「……紅琳様。貴方のおかげで、助かりました。本当に有難うございました」
寝牀で紅琳を出迎えた華月は、白装束に髪を一つに結っていた。
(一見すると、女。いつもの華月そのものだ。……でも)
明らかに違う。
低い声は勿論、目を凝らせば、意外にがっしりした体つきをしている。
暗がりの中でも、分かる。
男であることは、決定的だった。
「役に立てたのなら……うん、良かった」
「本当、わかりやすい人ですね。貴方は」
落ち着かない紅琳を察知した華月は、早速、侍女達を下げると、寝牀の横の椅子に座るよう、紅琳を促した。
「秀真から聞きました。これ以上、貴方に黙っているのは無理だと、私も悟って、白状します。見ての通り、私の性別は「男」。……ですが、貴方の友人華月でもあります。双子なんてことはないですよ。ただ、術を掛けられて、厄介な身体になってしまっただけです」
無駄のない一言。
さすがだ。
紅琳の短気な性格を、華月はよく知っている。
「今までこのことを話せなかったのは、貴方の「能力」について、探りを入れていたからです」
「能力? ……私の母の実家絡みか?」
「ご名答」
「くだらんな」
紅琳は、苦笑するしかなかった。
「そんなことで、二カ月も……。遠慮なく訊いてくれたら良かったのに?」
「訊いたところで、真実を話してくれるか分からなかったので」
「隠す必要もないさ。私は呪術師ではない。私は「無能」だ」
「……無能?」
華月が首を傾げている。
補足が必要なのか分からなかったが、紅琳は噛み砕いて説明した。
「私は呪術を扱う力が元々ない。一族の落ちこぼれだ。だから、解呪の依頼をされたところで、どうにも出来ない。あんたは、万能符で自分を救った私に、一縷の望みをかけてたんだろうけど……」
「本当は、その符で全部解決したら、良かったんですけどね」
「万能符で解けないのなら、私には到底無理だ。父を殺そうとした時だって、刃物でいこうと思っていたくらいだからな」
「貴方が泰楽帝を殺そうとして、沙藩国に飛ばされたっていう噂は、本当だったのですね」
華月が口に手を当て、笑っている。
それは、紅琳がよく知っている、華月の笑う時の仕草だった。
(男であっても、華月は「華月」なんだな)
別人でなかったことには、安堵できた。
……けれど、謎の色気が倍増したところは、紅琳の知らない華月だった。
「……ですが、紅琳様。貴方が無能だというのは、信じ難い話ですね」
華月はそれだけ言うと、寝牀から身を起こし、紅琳のすぐ傍に立った。
何故だろう。酷く緊張する。
きっと女の華月より、背が高いからだ。
改めて直視すると、華月は男女の域を越えて、至上の芸術作品のように美しかった。
透き通った白皙に高い鼻梁。薄い唇に、適度についた筋肉。
紅琳の絵を描きたい欲求に火をつけるほど、完璧な肉体だ。
画家の目で、彼をじっと眺めていたら、華月は流れるように紅琳の掌を取り……。
「ん?」
導かれるように、手の甲に口づけたのだった。
「……何、している?」
「見ての通り、接吻ですけど。唇の方が良かったですか?」
「あんた高熱で、頭が……」
「いえ。私はまともですよ。したかったんです。貴方に、こういうこと」
一体、どうしたんだろう。
瞳を輝かせて、変態発言をされてしまった。
「紅琳様。……貴方は素晴らしい」
「医者を呼ぼうか? 華月」
しかし、紅琳を無視して、華月は紅琳の手をべたべたと触り始めた。
「凄いな。ちゃんと「男」として貴方に触れることができるなんて。秀真から、貴方が口移しで符を飲ませてくれたのだと聞いた時は、半信半疑でしたが」
「私は特別なことはしてないだろう? もう、離してくれ」
別に華月に触られるのが嫌な訳ではなかったが、手つきが怪しいのが怖かった。
華月は、まるでめげてない。
紅琳に触れていた手を、嬉しそうに眺めていた。
「私が女になる条件は、女人に触れることなんです。女人に触れると、私は女になってしまい、満月を待たないと男に戻ることが出来ないのです」
「何だ……と?」
「極力、男でいたいので、勿論、満月後は女人に接触しないよう心掛けています。ですが、不意にぶつかったり、不可抗力って、多々ありますから」
「そんな滅茶苦茶な発動条件があるものなのか?」
さすがに紅琳も、唖然となった。
(女に触れると、女身化?)
そんな奇妙な術が、この世に存在しているのか?
紅琳の想像以上に、万能符の効力は絶大で、華月の熱はすぐに下がり、呼吸も楽になったそうだ。
夕刻には意識を取り戻したと、連絡も入り、紅琳はすぐにでも華月のもとに駆け付けようと思ったのだが……。
逡巡の末、やめた。
(私に来られても、華月が困るだろう)
――華月は「男」だった。
余程の事情があるはずだ。
きっと、すぐに返答など出来やしない。
(華月も、全快するには、時間がかかるだろうし、もう少し待つとするか)
―しかし。
予想に反して、その日の夜に、紅琳は華月から呼び出されたのだった。
「……紅琳様。貴方のおかげで、助かりました。本当に有難うございました」
寝牀で紅琳を出迎えた華月は、白装束に髪を一つに結っていた。
(一見すると、女。いつもの華月そのものだ。……でも)
明らかに違う。
低い声は勿論、目を凝らせば、意外にがっしりした体つきをしている。
暗がりの中でも、分かる。
男であることは、決定的だった。
「役に立てたのなら……うん、良かった」
「本当、わかりやすい人ですね。貴方は」
落ち着かない紅琳を察知した華月は、早速、侍女達を下げると、寝牀の横の椅子に座るよう、紅琳を促した。
「秀真から聞きました。これ以上、貴方に黙っているのは無理だと、私も悟って、白状します。見ての通り、私の性別は「男」。……ですが、貴方の友人華月でもあります。双子なんてことはないですよ。ただ、術を掛けられて、厄介な身体になってしまっただけです」
無駄のない一言。
さすがだ。
紅琳の短気な性格を、華月はよく知っている。
「今までこのことを話せなかったのは、貴方の「能力」について、探りを入れていたからです」
「能力? ……私の母の実家絡みか?」
「ご名答」
「くだらんな」
紅琳は、苦笑するしかなかった。
「そんなことで、二カ月も……。遠慮なく訊いてくれたら良かったのに?」
「訊いたところで、真実を話してくれるか分からなかったので」
「隠す必要もないさ。私は呪術師ではない。私は「無能」だ」
「……無能?」
華月が首を傾げている。
補足が必要なのか分からなかったが、紅琳は噛み砕いて説明した。
「私は呪術を扱う力が元々ない。一族の落ちこぼれだ。だから、解呪の依頼をされたところで、どうにも出来ない。あんたは、万能符で自分を救った私に、一縷の望みをかけてたんだろうけど……」
「本当は、その符で全部解決したら、良かったんですけどね」
「万能符で解けないのなら、私には到底無理だ。父を殺そうとした時だって、刃物でいこうと思っていたくらいだからな」
「貴方が泰楽帝を殺そうとして、沙藩国に飛ばされたっていう噂は、本当だったのですね」
華月が口に手を当て、笑っている。
それは、紅琳がよく知っている、華月の笑う時の仕草だった。
(男であっても、華月は「華月」なんだな)
別人でなかったことには、安堵できた。
……けれど、謎の色気が倍増したところは、紅琳の知らない華月だった。
「……ですが、紅琳様。貴方が無能だというのは、信じ難い話ですね」
華月はそれだけ言うと、寝牀から身を起こし、紅琳のすぐ傍に立った。
何故だろう。酷く緊張する。
きっと女の華月より、背が高いからだ。
改めて直視すると、華月は男女の域を越えて、至上の芸術作品のように美しかった。
透き通った白皙に高い鼻梁。薄い唇に、適度についた筋肉。
紅琳の絵を描きたい欲求に火をつけるほど、完璧な肉体だ。
画家の目で、彼をじっと眺めていたら、華月は流れるように紅琳の掌を取り……。
「ん?」
導かれるように、手の甲に口づけたのだった。
「……何、している?」
「見ての通り、接吻ですけど。唇の方が良かったですか?」
「あんた高熱で、頭が……」
「いえ。私はまともですよ。したかったんです。貴方に、こういうこと」
一体、どうしたんだろう。
瞳を輝かせて、変態発言をされてしまった。
「紅琳様。……貴方は素晴らしい」
「医者を呼ぼうか? 華月」
しかし、紅琳を無視して、華月は紅琳の手をべたべたと触り始めた。
「凄いな。ちゃんと「男」として貴方に触れることができるなんて。秀真から、貴方が口移しで符を飲ませてくれたのだと聞いた時は、半信半疑でしたが」
「私は特別なことはしてないだろう? もう、離してくれ」
別に華月に触られるのが嫌な訳ではなかったが、手つきが怪しいのが怖かった。
華月は、まるでめげてない。
紅琳に触れていた手を、嬉しそうに眺めていた。
「私が女になる条件は、女人に触れることなんです。女人に触れると、私は女になってしまい、満月を待たないと男に戻ることが出来ないのです」
「何だ……と?」
「極力、男でいたいので、勿論、満月後は女人に接触しないよう心掛けています。ですが、不意にぶつかったり、不可抗力って、多々ありますから」
「そんな滅茶苦茶な発動条件があるものなのか?」
さすがに紅琳も、唖然となった。
(女に触れると、女身化?)
そんな奇妙な術が、この世に存在しているのか?