「貴方様がご自身の「呪」について調べても、分からなかったのは、呪術師が仕掛けた「呪」として、調べていたからではないか……と」
「意味不明なんだけど?」
「紅琳ちゃん。私も半信半疑なんだけど」
「いいから、答えて下さい!」
必死の形相の華月が、朔樹の肩を激しく揺さぶった。上下に揺さぶられて、声を震わせながら、朔樹は白状した。
「多分、宰相の玉榮って、人ではないんじゃないか……と?」
「はっ?」
三人が一様に、それ以上の言葉を失くした。
「どういうことですか?」
口火を切ったのは、好奇心の塊の李耶だった。
朔樹は頬に手を当て、言葉を選んでいるようだった。
「古い伝説があるのよ。王の寵愛を一身に受け、国を傾けた妃は、実は化け物だったという話。泰楽帝は、呪術に傾倒するあまり、そういったモノを呼びこんでしまったのではないか……と」
「泰楽帝が、妖を召喚した……と?」
「だから、半信半疑って言ったでしょ。でも、そう考えると腑に落ちる。女身化なんて術、人では扱えないもの。それに、華月様……」
「えっ?」
唖然としている華月を、朔樹は真っ直ぐ見た。
「貴方様は須弥の集落とは連絡を取ったのでしよう? その時、長老も同じようなこと話していませんでした?」
「えーっと。それは、その」
なぜか、華月がバツが悪そうにしている。
「あれ? 確か、長老から「分からない」って突っぱねられたって」
「実は、須弥の長からは、どんな呪術師にも、私にかけられた呪いを解くのは困難だと」
「うん。……で?」
「申し訳ないです。紅琳」
「何で、謝るんだ?」
「呪いを解きたければ、貴方を娶るように……と。言われたんです。だから」
「はっ?」
律儀に謝罪されて、紅琳の方が戸惑った。
「何だ。そういうことか」
「怒らないのですか?」
「なぜ、怒るんだ?」
華月は解呪したい一心で、訳も分からず、紅琳を娶ったのだ。それの何がいけないのだ。
「しかし、私は……。離縁して傷心のまま帰国した貴方を、私の目的の為に妃に据えました」
「まさか。あんた、そんなこと、気にしていたのか?」
それもあって、二カ月間、紅琳に告白するのを躊躇っていたのか?
思わず、そんなだから、玉榮に良いようにされてしまったのだと、突っ込みたくなってしまう。
「ねえ、紅琳様」
詳しい事情など知らせてもいないのに、李耶が紅琳の袖を引っ張った。
賢い娘だ。言わずとも、一連の会話から、すべて察しているに違いない。
――可哀想じゃないですか。どうにかならないんですか?
心の声全開の切ない表情で訴えて来る。
とどめとばかりに、朔樹が追い打ちをかけた。
「紅琳ちゃん。今日ね、こんな往来で、あたしが貴方達と会わざるを得なかった理由、分かる?」
「ああ、家が散らかっているって?」
「それだけじゃないの。本当はね、そこの華月様に呪いがかけられていたからなの」
「えっ!? 私にですか?」
「大丈夫ですよ。もう祓いましたから」
「そういえば」
李耶が恐々としながら言った。
「こちらに向かう途中、馬車が何もない所で横転しかけました」
「あれは、ぬかるみに車輪がはまったとかじゃなかったのか?」
「違いますよ。突然、傾いたんです」
「事故に見せかけて殺す気だったのかも。間に会って良かったわ。まあ、紅琳ちゃんもいるし、大事には至らないって安心していたけど」
「……朔樹」
それ以上言うなと、睨んで威嚇したが、彼は大きな図体を窄めるだけで、まるで悪びれていなかった。
「でも、困ったものよね。玉榮は直接手を下さず、子飼いの術師にやらせている。形振り構わなくなってきているみたいだし、早晩手を打つ必要があるわね」
(朔樹、絶対、愉しんでいるだろう?)
疑いたくなるほど、彼は活き活きとしていた。
(仕方ない)
やってやるかと、紅琳が覚悟を決めた瞬間、しかし、華月が重々しく口を開いた。
「……紅琳、貴方は早急に後宮から出て下さい。手配しますから」
「はっ?」
ここまできて、さっぱり意味が分からない。
「あんたは、解呪したいんだろう?」
「勿論です。その為なら、貴方のことを巻き込むのもやむを得ないと、本気で思っていました。でも、術を仕掛けられていたと聞くと……。玉榮は本気です。私は貴方達を喪いたくありません」
「あのな……」
「紅琳様。私の事は好きに使って下さって構いませんから」
李耶に小突かれて、紅琳はつんのめりながら華月の前に出た。
彼女の了承も得られたし、朔樹も協力してくれるだろう。あとは須弥の長の言う通り、紅琳の体質で、何とかやれるはずだ。
「華月。私は簡単に死なないよ。それより、何もしないで、あんたを死なせてしまう方が嫌だ。……だってさ、私は公主なのに、この国の事なんて、考えた事もなかったんだ」
「……紅琳」
「あんたは、幼い頃から、そんな身体にされて、命も狙われて、後宮で女のフリまでして、気の休まる暇もなかっただろうに、腐ることなく、解呪の方法を探し続けていた。偉いよ」
沙藩国王と離縁したのも、紅琳の我儘だった。
蒼国の事など考えたこともなく、むしろ、滅びることを望んでいた。
どうでも良いと、開き直って、逃げていた。
――だから。
「この国の……あんたの為、やるだけのことをやってみるよ」
命を懸けるなんて言える程、青臭いものではないけれど、華月を見殺しにするなんて、紅琳に出来るはずもないのだ。
「意味不明なんだけど?」
「紅琳ちゃん。私も半信半疑なんだけど」
「いいから、答えて下さい!」
必死の形相の華月が、朔樹の肩を激しく揺さぶった。上下に揺さぶられて、声を震わせながら、朔樹は白状した。
「多分、宰相の玉榮って、人ではないんじゃないか……と?」
「はっ?」
三人が一様に、それ以上の言葉を失くした。
「どういうことですか?」
口火を切ったのは、好奇心の塊の李耶だった。
朔樹は頬に手を当て、言葉を選んでいるようだった。
「古い伝説があるのよ。王の寵愛を一身に受け、国を傾けた妃は、実は化け物だったという話。泰楽帝は、呪術に傾倒するあまり、そういったモノを呼びこんでしまったのではないか……と」
「泰楽帝が、妖を召喚した……と?」
「だから、半信半疑って言ったでしょ。でも、そう考えると腑に落ちる。女身化なんて術、人では扱えないもの。それに、華月様……」
「えっ?」
唖然としている華月を、朔樹は真っ直ぐ見た。
「貴方様は須弥の集落とは連絡を取ったのでしよう? その時、長老も同じようなこと話していませんでした?」
「えーっと。それは、その」
なぜか、華月がバツが悪そうにしている。
「あれ? 確か、長老から「分からない」って突っぱねられたって」
「実は、須弥の長からは、どんな呪術師にも、私にかけられた呪いを解くのは困難だと」
「うん。……で?」
「申し訳ないです。紅琳」
「何で、謝るんだ?」
「呪いを解きたければ、貴方を娶るように……と。言われたんです。だから」
「はっ?」
律儀に謝罪されて、紅琳の方が戸惑った。
「何だ。そういうことか」
「怒らないのですか?」
「なぜ、怒るんだ?」
華月は解呪したい一心で、訳も分からず、紅琳を娶ったのだ。それの何がいけないのだ。
「しかし、私は……。離縁して傷心のまま帰国した貴方を、私の目的の為に妃に据えました」
「まさか。あんた、そんなこと、気にしていたのか?」
それもあって、二カ月間、紅琳に告白するのを躊躇っていたのか?
思わず、そんなだから、玉榮に良いようにされてしまったのだと、突っ込みたくなってしまう。
「ねえ、紅琳様」
詳しい事情など知らせてもいないのに、李耶が紅琳の袖を引っ張った。
賢い娘だ。言わずとも、一連の会話から、すべて察しているに違いない。
――可哀想じゃないですか。どうにかならないんですか?
心の声全開の切ない表情で訴えて来る。
とどめとばかりに、朔樹が追い打ちをかけた。
「紅琳ちゃん。今日ね、こんな往来で、あたしが貴方達と会わざるを得なかった理由、分かる?」
「ああ、家が散らかっているって?」
「それだけじゃないの。本当はね、そこの華月様に呪いがかけられていたからなの」
「えっ!? 私にですか?」
「大丈夫ですよ。もう祓いましたから」
「そういえば」
李耶が恐々としながら言った。
「こちらに向かう途中、馬車が何もない所で横転しかけました」
「あれは、ぬかるみに車輪がはまったとかじゃなかったのか?」
「違いますよ。突然、傾いたんです」
「事故に見せかけて殺す気だったのかも。間に会って良かったわ。まあ、紅琳ちゃんもいるし、大事には至らないって安心していたけど」
「……朔樹」
それ以上言うなと、睨んで威嚇したが、彼は大きな図体を窄めるだけで、まるで悪びれていなかった。
「でも、困ったものよね。玉榮は直接手を下さず、子飼いの術師にやらせている。形振り構わなくなってきているみたいだし、早晩手を打つ必要があるわね」
(朔樹、絶対、愉しんでいるだろう?)
疑いたくなるほど、彼は活き活きとしていた。
(仕方ない)
やってやるかと、紅琳が覚悟を決めた瞬間、しかし、華月が重々しく口を開いた。
「……紅琳、貴方は早急に後宮から出て下さい。手配しますから」
「はっ?」
ここまできて、さっぱり意味が分からない。
「あんたは、解呪したいんだろう?」
「勿論です。その為なら、貴方のことを巻き込むのもやむを得ないと、本気で思っていました。でも、術を仕掛けられていたと聞くと……。玉榮は本気です。私は貴方達を喪いたくありません」
「あのな……」
「紅琳様。私の事は好きに使って下さって構いませんから」
李耶に小突かれて、紅琳はつんのめりながら華月の前に出た。
彼女の了承も得られたし、朔樹も協力してくれるだろう。あとは須弥の長の言う通り、紅琳の体質で、何とかやれるはずだ。
「華月。私は簡単に死なないよ。それより、何もしないで、あんたを死なせてしまう方が嫌だ。……だってさ、私は公主なのに、この国の事なんて、考えた事もなかったんだ」
「……紅琳」
「あんたは、幼い頃から、そんな身体にされて、命も狙われて、後宮で女のフリまでして、気の休まる暇もなかっただろうに、腐ることなく、解呪の方法を探し続けていた。偉いよ」
沙藩国王と離縁したのも、紅琳の我儘だった。
蒼国の事など考えたこともなく、むしろ、滅びることを望んでいた。
どうでも良いと、開き直って、逃げていた。
――だから。
「この国の……あんたの為、やるだけのことをやってみるよ」
命を懸けるなんて言える程、青臭いものではないけれど、華月を見殺しにするなんて、紅琳に出来るはずもないのだ。