◇◆
(私ったら、何たることを)

 ――皇帝陛下に、埋葬の為の穴掘りをさせてしまったなんて……。

 謝らなければと、気は焦るのだが、晨玲が口を挟む隙は一切与えられず、それから、二人からの謝罪と説明が始まってしまった。
 思考が追いつかない頭で、やっと理解したことは、晨玲に目をつけていたのは、宦官長ではなく、明蘭だったということだ。

 ――亡くなった妃の霊を、あの世にちゃんと送って欲しい。

 そのように、晨玲に頼むつもりだったが、霄風に相談したら、却下された為、それならばと「後宮の浄化」という形で、宦官長に命じて晨玲を後宮に招いたらしい。
 しかし、早々に霄風にバレてしまい(当然だが)、能力のない道士なら追い返すと、言われて……。

「……で、貴方の実力を測るための試用期間が設けられたって訳だ。貴方のことなのに、貴方を置き去りにしてしまい、本当に申し訳ない」
「いえ、私も陛下に、土掘りを手伝って頂いてしまったので」
「それは、いいんだ。私が勝手にしたことなんだから」
「あの……もしや、後宮の廟で感じた気配って?」
「ああ、気づいていたのか。道士がどんなふうに拝むのか気になって、見学させてもらったんだ。昨日、会った時、私が取り憑かれていることに、君は気づいていなかったから、少し疑ってしまったけど、でも、あの読経は素晴らしかった。……君なら、上手く解決の糸口を探してくれると思い直したんだ」

 誉めてもらったことは嬉しいのだが、引っかかったことがあった。

(解決の糸口って、何?)

 霄風は、言葉を濁している。
 本当は晨玲のことなど、信用してないのではないか?
 妃の霊の存在が分からなかったのは、霄風が心に壁を作っているか、もしくは、そもそも霊なんて憑いていないのか……。
 いずれかの可能性が高い。

(断った方が良いよね)

 信頼関係がなければ、怨霊を冥府に導くことは無理だ。
 けれど、断るにしても、皇帝相手に、どう断れば良いのか?

「陛下、恐れ多いことかと思いますが、一つ、確認したいのです。宜しいですか?」
「何?」

 微笑しているけど、霄風の本音は分からなかった。
 だけど、こちらも死活問題だ。答えてもらわなければ困る。
 未泉も目で晨玲に同意している。彼も同じ気持ちなのだ。

「お妃様についてです。聞いた話によりますと、お二人共、死因は病死、事故死とのことですが、間違いないですよね?」
「要するに、君は私が妃を殺したのではないかと?」
「滅相もない! そういう意味ではなくて」

 しまった。訊き方を間違えたか。

(殺される?)

 晨玲は、ひやひやしながら、言葉を重ねた。

「ただ、お答え如何では、我々も浄霊方法を変えなければなりませんので……」
「くくくっ」

 ――と、突如、笑い出したのは、またしても、明蘭だった。
 皇帝の御前だというのに、彼女は長椅子の脇息に凭れて、退屈そうにしていた。

「いいね。気骨のある娘さんじゃないか。霄風。答えてやれよ。殺すも何も、妃なんて、ほとんど会ったこともないってさ」
「明蘭。……お前」

 まるで、酔っぱらいの野次のような、気安い口調に、霄風は呆れながら、口を開いた。

「分かったよ。君を信じて、正直に話す」

 そして、渋々話し始めたのだ。

「晨玲。高位の妃選びに関しては、皇太后の意向が強く働いているんだよ。皇太后と私は血縁がない。病死した最初の妃も、事故で亡くなった妃も、皇太后の縁者なんだ。確かに、皇太后には力があって、後ろ盾のいない私に拒否権もなかったけど、まあ、うっかり近寄って、寝首を掻かれたくないな……って、警戒していたね。だから、妃の顔は一回見た程度なんだ」
「つまり……。妃には情もなく、陛下には殺す動機がある……と」

(あっ)

 ――やってしまった。

 何か適当に、言い繕わないと。
 ……が、青くなる晨玲の肩を、霄風はぽんと軽く叩いた。

「言われてみれば、そうかも。君の言う通りだ。でも、私は彼女達の死因を徹底的に調べて、病死と事故死と断定したんだよ」
「二人共、知っているとは思うけど……」

 霄風の言葉を引き継ぐように、明蘭が語り出した。

「最初の妃は文 夕李(せつり)。文淑妃と呼ばれていた。流感をこじらせて、亡くなってしまった。そして次の妃は索 香雨(こうう)。索徳妃だ。彼女は朱雀宮の鴛鴦池に落ちて、水死した。他殺や自殺、様々に調べたけれど、この死因で間違いない。それでも、何事か起こっているかもしれない後宮の内情を鑑みて、大将軍の娘で、幼馴染の私が後宮の重石になるべく召集されたわけだよ」

 ――と、意気揚々に言い放つと、黄貴妃は剣で切りかかる素振りを見せて、長椅子から立ち上がった。
 そういえば、豪奢な梔子色の衣を纏ってはいるものの、髪は動きやすそうに一つに括っていて、動きも素早かった。

(武闘派のお妃様ということかしら)

「……と、そういうわけで」

 霄風は明蘭を無視して、さっさと話を進める。

「明蘭を上手く後宮入りさせて内情を探らせようと思ったんだけど……。その頃に、私の寝所に、夕李が来るようになってね。明蘭は、その手のことに関しては、てんで駄目だから。口が堅くて、皇太后の色に染まってない人を外部から招くという話になって、推挙されたのが、君だった」
「私を……黄貴妃様が?」
「ああ、私が貴方を霄風に勧めたんだ」
「そうだったのですか」

 未泉が何とも言えない表情で、晨玲を眺めている。

(分かっているわよ。私だって、そんな活躍をした記憶なんかないわよ)

 霄風も晨玲の怪訝な様子に気づいたのだろう。

「不安そうだね。晨玲?」

 心配そうに、顔色を窺っている。
 当然だ。不安しかない。

「こういった形の浄霊は、初めてなので」
「やりたくない?」
「ま、まさか。そんなことは……」
「勿論、嘘を吐いていた手前、報酬は弾むつもりだよ。私の権限で、皇城の廟の見学も許可するつもりだ。……だから」
「皇城の廟」

(それは、つまり……)

 ――皇帝権限で皇城廟を見て回ることが出来る……と。

 ごくり、晨玲は息をのんだ。

(何という、胸の熱くなる企画)

 生きていて良かった。天子様、万歳だ。

「承知しました。私如き、市井の烏道士の力が、どこまで及ぶかは分かりませんが、これも三清が導いて下さったご縁。出来る限りのことをさせて頂きます」
「やっぱり、莫迦だったな」

 隣で未泉が呟いていたが、仕方ない。
 大体、この状況で他の選択肢なんてないのだ。

(昨夜、陛下に土を掘らせた罰とかで、処刑されてもおかしくないのよ)

 今の霄風は穏やかだが、正体は「死神皇帝」だ。
 縁者が立て続けに亡くなってしまったことに対しての「死神」という意味もあるが、気に入らない者に、容赦なく死を与える冷酷さに対する畏怖も、その渾名には込められている。機嫌を損ねたら、終わりだ。

「それで、晨玲。浄霊に必要なものはある? 用意するけど」
「えー……と」

 本音を言えば、必要としているのは、霄風の心だ。

(もう少し、私達に心を開いて貰えたら)

 信頼関係が構築出来ていれば、霄風を通じて妃を呼び出すことは簡単だ。
 けれど、今のこの距離感では、その手は使えないだろう。かえって、致命傷になりかねない。

(やっぱり、お妃様から攻めた方が良いのでしょうね)

「陛下のお心遣い、感謝致します。道具は足りているのですが、重要なのは「場」でして。まずは病死した文淑妃の部屋を見せては頂けないでしょうか?」
 
 晨玲は、道士の仕事に集中するべく、頭を切り替えていた。