数日後、香麗(シャンリー)の元へ書が届けられた。
 後宮の皆が読むもののため、作中の恋の相手の男の名は、勝峰(ションフォン)でなく「峰風(フォンファン)」にされていた。
 香麗は空白に自分の名を書き込むと、読み始める。
「ふふ……」
 名前こそ違えど、物語に描かれている青年の振る舞いは、皇帝・勝峰そのものだ。
 だが彼の口から出てくるのは、恋物語だからこその甘く心を疼かせる台詞。
 香麗は夢中になって読みふけっていた。
 勝峰が部屋を訪れたことに、全く気付かずに。
「何をしておる」
 突如すぐ側から聞こえて来た勝峰の低い声に、香麗は飛び上がる。
「きゃあ!」
「この俺が幾度も名を呼んだと言うのに、聞こえなかったのか」
「も、申し訳ございません、陛下」
 慌てて隠そうとするその本を、勝峰はさっと取り上げた。
 内容に目を走らせ、彼は眉を吊り上げる。
「なんだこれは」
 最愛の寵姫香麗と、傲岸不遜な男峰風との、甘く淫靡な恋物語が描かれていた。
「この男は誰だ。なぜこの艶本の中で、お前はこの男と淫らな真似をしている」
 勝峰が香麗の肩を掴む。嫉妬に狂ったその指先に、香麗は顔を歪めた。
「くぅっ」
「答えよ! お前はこの男と不義の関係に及んだのか!!」
 雷鳴のごときその怒声に、香麗は震えあがる。
「ち、違うのです。それは、陛下を模した架空の人物でございます!」
「俺を?」
「はい。私が頼んで、陛下と私の恋物語を作ってもらったのでございます!」
「……これが、俺だと」
 勝峰はパラパラと内容に目を通す。
「香麗、お前は俺に、こんな台詞を言われたいのか?」
「は、はい」
 いくらか声音の和らいだ勝峰に、香麗はほっと息をつき、艶やかに微笑みを返した。
 勝峰はにやりと笑うとその一説を香麗の耳元で囁く。
 香麗が量の手で口元を覆い、小さな悲鳴を上げ、目元を薄紅に染めると切なげに身を震わせた。
「はは、これはなかなか面白い。だが……」
 その目がギラリと光る。
「お前の心をこのように乱すものを書いた男を、許すわけにはいかんな。それは皇帝の寵姫に懸想したに等しい行為だ」
「あっ、それを書いたのは男ではございませぬ」
「なんだと?」
 香麗はハッとなったがもう遅い。
「これほどまでに艶めかしい小説を書く女が、この宮にいるのか」
「そ、それは……」
「実に興味深い。一度会ってみたい」
「……」
「これを書いたのは誰だ。名を申せ」
「……。皇后様でございます」
「何!?」
 勝峰はもう一度、書に目を通す。
 そして眉根をしかめた。
「これを、翠蘭(スイラン)が……?」