「あなたたち、一体何をしているの」
仙月の声に私たち3人は現実に引き戻された。
「翠蘭様の髪を整えに行ってから、全然戻って来ないから」
「も、申し訳ございません!」
紅花と若汐は慌てて頭を下げる。
「怒らないであげて。私の書いた小説を二人に読んでもらっていたのだから」
「小説? もしかして翠蘭様が近ごろ書いておられたものでしょうか」
「そう」
私は一篇を仙月に渡す。紅花と若汐に読んでもらったおかげで、この世界の人に見せることに抵抗を感じなくなっていた。元々、ネットで不特定多数に向けて公開するのが日常だったのだから。
「……」
戸惑いながらも仙月は目を通し始める。その頬が徐々に紅色に染まり、やがて。
「翠蘭様ぁっ!」
仙月が爆発した。
「い、いいい、一体何を書いておられるのですか! こ、これは艶本ではございませんか!」
「うん」
「うん、じゃございませんっ!」
仙月は顔を手で覆い、息を荒げている。
「え? そんなに興奮した?」
「何をおっしゃっているのですか! 皇后ともあろうお方が、こんな下世話な、破廉恥な……!」
(えー……)
ちょっと、カチンときた。私は悲しげに袖で顔を覆う。
「陛下に相手をしてもらえない心の隙間を、空想で埋めるのはそんなにいけないこと? 私は切ないこの気持ちを、自ら慰めることすら許されないの?」
「……っ」
私の言葉に、仙月はぐっと黙る。
やがて彼女はふーっと息を吐くと、いつもの落ち着いた口調に戻った。
「わかりました。ですがこのことはあまり大っぴらにされぬ方がよろしいかと。私どもだけの秘密になさってください。翠蘭様の威厳にも関わりますので」
「いろんな人に読んでもらって感想もらうのダメ?」
「翠蘭様!」
「感想もらえなきゃ、寂しくて死んじゃう。陛下に構ってもらえないのだから、せめて他の方からちやほやされたい」
「ぐっ、ですが……!」
「じゃあさ、ペンネームで発表するならどうかな?」
「ぺんねーむ?」
「えっと、筆名? 小説を書く時だけの、秘密の名前」
それなら、元の世界とやってることは同じだ。
「例えば……、朱蘭とか」
元の世界の名前『朱音』から一文字、今の名前の『翠蘭』から一文字。
仙月は額に手を当てしばらく考え込んでいた。やがて諦めたように口を開く。
「……翠蘭様が書かれていることを、決して口外しないのであれば」
「やたー! ありがとう、仙月!」
私はうきうきと、書いたものを仙月に見せる。
「それからね、これ、出来れば束ねて書の形にしたいんだ。その方が読みやすいでしょ? やり方教えて」
「それならば、専門の者を手配いたしましょう」
「ありがとう、仙月!」
仙月は困ったように笑った。
「翠蘭様がこんなに楽しそうにしておられるお姿を見るのは、初めてでございます。それをお咎めすること、この私にはできません」
「仙月……」
私は仙月にハグをする。
「私の側にいるのが、仙月で良かった」
「……。勿体ないお言葉でございます」
仙月から手を離し、私は彼女の顔をのぞき込む。
「ところで、さっき読んだ私の小説、どうだった? 感想聞きたいなぁ」
「それはお答えいたしかねます!」
生真面目な仙月が頬を赤らめている様子は、ちょっと可愛かった。
『朱蘭』の名で書いた小説は、またたく間に後宮で評判となった。
皇帝の持ち物として集められたものの、皇帝の寵を得るのは香麗ただ一人。時間を持て余した若い娘たちの心に、私の書いた刺激強めの恋愛小説は滑り込んだのだ。
「書を手元に置いておきたい」という宮女も多く、写本も作られるようになった。
紅花や若汐を始めとする私付きの侍女たちには「作家・朱蘭の大ファン」という風を装い、感想を聞いて回ってもらった。
届けられる多くの好意的な感想に、私の筆は更に乗る。
(元の世界で同人活動してた時より人気じゃない? 楽しい!)
多くの人の目に触れるにつれ、感想だけでなく要望も届くようになっていた。
「蜻蛉様は素敵だけど、もっと可愛らしい少年との恋愛が読みたい」
「線の細い貴人に登場してもらいたい」
「素直になれないひねくれた男の、自分だけに甘い作品が読みたい」
「学問に夢中だった老学者が、初めての恋に目覚める物語が読みたい」
(ほほぉ……)
紅花たちの持ってきたメモに目を通し、私はついつい笑ってしまう。
ショタ好きに王子系に、ツンデレに枯れ専と来ましたか。
どの時代、どの世界でも、性癖は色々あるのだなぁと実感した。
(っしゃ、書くか!)
リクエストには応えたくなるのが物書きの性。
0からキャラを作り出すのはなかなか大変だが、私には高田朱音だった頃にプレイした数多の乙女ゲーの知識がある。
(えぇと、ショタ好きの間で人気だったキャラと言えば……)
複数のキャラを思い出し、それの良いところ取りをした上でさらにアレンジを加える。
作家・朱蘭の描く男たちのバリエーションは、どんどんと増えて行った。
仙月の声に私たち3人は現実に引き戻された。
「翠蘭様の髪を整えに行ってから、全然戻って来ないから」
「も、申し訳ございません!」
紅花と若汐は慌てて頭を下げる。
「怒らないであげて。私の書いた小説を二人に読んでもらっていたのだから」
「小説? もしかして翠蘭様が近ごろ書いておられたものでしょうか」
「そう」
私は一篇を仙月に渡す。紅花と若汐に読んでもらったおかげで、この世界の人に見せることに抵抗を感じなくなっていた。元々、ネットで不特定多数に向けて公開するのが日常だったのだから。
「……」
戸惑いながらも仙月は目を通し始める。その頬が徐々に紅色に染まり、やがて。
「翠蘭様ぁっ!」
仙月が爆発した。
「い、いいい、一体何を書いておられるのですか! こ、これは艶本ではございませんか!」
「うん」
「うん、じゃございませんっ!」
仙月は顔を手で覆い、息を荒げている。
「え? そんなに興奮した?」
「何をおっしゃっているのですか! 皇后ともあろうお方が、こんな下世話な、破廉恥な……!」
(えー……)
ちょっと、カチンときた。私は悲しげに袖で顔を覆う。
「陛下に相手をしてもらえない心の隙間を、空想で埋めるのはそんなにいけないこと? 私は切ないこの気持ちを、自ら慰めることすら許されないの?」
「……っ」
私の言葉に、仙月はぐっと黙る。
やがて彼女はふーっと息を吐くと、いつもの落ち着いた口調に戻った。
「わかりました。ですがこのことはあまり大っぴらにされぬ方がよろしいかと。私どもだけの秘密になさってください。翠蘭様の威厳にも関わりますので」
「いろんな人に読んでもらって感想もらうのダメ?」
「翠蘭様!」
「感想もらえなきゃ、寂しくて死んじゃう。陛下に構ってもらえないのだから、せめて他の方からちやほやされたい」
「ぐっ、ですが……!」
「じゃあさ、ペンネームで発表するならどうかな?」
「ぺんねーむ?」
「えっと、筆名? 小説を書く時だけの、秘密の名前」
それなら、元の世界とやってることは同じだ。
「例えば……、朱蘭とか」
元の世界の名前『朱音』から一文字、今の名前の『翠蘭』から一文字。
仙月は額に手を当てしばらく考え込んでいた。やがて諦めたように口を開く。
「……翠蘭様が書かれていることを、決して口外しないのであれば」
「やたー! ありがとう、仙月!」
私はうきうきと、書いたものを仙月に見せる。
「それからね、これ、出来れば束ねて書の形にしたいんだ。その方が読みやすいでしょ? やり方教えて」
「それならば、専門の者を手配いたしましょう」
「ありがとう、仙月!」
仙月は困ったように笑った。
「翠蘭様がこんなに楽しそうにしておられるお姿を見るのは、初めてでございます。それをお咎めすること、この私にはできません」
「仙月……」
私は仙月にハグをする。
「私の側にいるのが、仙月で良かった」
「……。勿体ないお言葉でございます」
仙月から手を離し、私は彼女の顔をのぞき込む。
「ところで、さっき読んだ私の小説、どうだった? 感想聞きたいなぁ」
「それはお答えいたしかねます!」
生真面目な仙月が頬を赤らめている様子は、ちょっと可愛かった。
『朱蘭』の名で書いた小説は、またたく間に後宮で評判となった。
皇帝の持ち物として集められたものの、皇帝の寵を得るのは香麗ただ一人。時間を持て余した若い娘たちの心に、私の書いた刺激強めの恋愛小説は滑り込んだのだ。
「書を手元に置いておきたい」という宮女も多く、写本も作られるようになった。
紅花や若汐を始めとする私付きの侍女たちには「作家・朱蘭の大ファン」という風を装い、感想を聞いて回ってもらった。
届けられる多くの好意的な感想に、私の筆は更に乗る。
(元の世界で同人活動してた時より人気じゃない? 楽しい!)
多くの人の目に触れるにつれ、感想だけでなく要望も届くようになっていた。
「蜻蛉様は素敵だけど、もっと可愛らしい少年との恋愛が読みたい」
「線の細い貴人に登場してもらいたい」
「素直になれないひねくれた男の、自分だけに甘い作品が読みたい」
「学問に夢中だった老学者が、初めての恋に目覚める物語が読みたい」
(ほほぉ……)
紅花たちの持ってきたメモに目を通し、私はついつい笑ってしまう。
ショタ好きに王子系に、ツンデレに枯れ専と来ましたか。
どの時代、どの世界でも、性癖は色々あるのだなぁと実感した。
(っしゃ、書くか!)
リクエストには応えたくなるのが物書きの性。
0からキャラを作り出すのはなかなか大変だが、私には高田朱音だった頃にプレイした数多の乙女ゲーの知識がある。
(えぇと、ショタ好きの間で人気だったキャラと言えば……)
複数のキャラを思い出し、それの良いところ取りをした上でさらにアレンジを加える。
作家・朱蘭の描く男たちのバリエーションは、どんどんと増えて行った。