この中華風の世界で、皇后と呼ばれ始めてから数日。
私は架子床に横たわったまま、ひたすらお世話をされていた。
そしてその間、怪我で記憶が混乱していることにして、侍女たちから様々な情報を聞き出すのに成功した。
この国の名は「興」。
そして私の名は翠蘭。皇帝・勝峰の正妻だ。
名家の出である翠蘭は皇后の座に据えられてはいるものの、控えめで気弱な性格が皇帝の好みではなかったらしい。勝峰はあでやかな貴妃・香麗に夢中で、翠蘭の元を訪れることはほぼ皆無。
しかし勝峰から愛情を向けられたいといじらしくも願った翠蘭は、先日、夫婦和合を司る廟へ数人のお供を連れてお参りに出かけたそうだ。
「そこで、私は足を滑らせて?」
「はい」
目覚めた時からそばにいた年かさの女性は、翠蘭付きの侍女頭で名は仙月。
彼女は目頭を抑え頷いた。
「川の上流の、大変足場の悪い場所でございました。私どもが手をのばすも間に合わず、翠蘭様は大怪我をなさいまして。これまで昏々と眠り続けておられたのでございます」
マジか。
それって、ものすっごく大変な事態じゃないのかな。
一国の皇后が、少ないお供だけつれて足場の悪いところにお参りに行ったって。
しかも、医者っぽい人が言ってたよね、「一度息が止まっていた」って。
この「息が止まっていた」も実は気になっている。
私には、翠蘭として生まれて成長した記憶が全くない。つまり転生ではなく、一度死んだ翠蘭の体に、高田朱音、つまりこの私の魂がたまたま入れ替わるように入ってしまったのではないだろうか。どういう仕組みかはわからないけれど。
(それはさておき、皇后ってファーストレディだよね?)
目覚めてから何日か経ったけれど、見舞いに来る人ほとんどいない。
てか、夫である皇帝が顔を出さないのはどういうことだろう。
なんか、私の扱い雑すぎない?
そんなことを考えていた時だった。
「入るぞ」
後宮には珍しい、低い男の声がした。
侍女たちはハッとなり、件の人物の前にひざまずき頭を下げる。
(え? 何?)
そこに立っていたのは、堂々たる風格の美丈夫だった。1人の美女を伴っている。
(いや、誰?)
男は架子床の上の私に目を向け、ふんと鼻を鳴らす。
「目を覚ましたと聞いてな。一応、見舞いに来てやったぞ」
「……?」
「どうした。夫の顔を見忘れたか」
「!?」
夫!? つまり、この人が皇帝・勝峰!?
この、いかにもな俺様系の青年が?
(若! もっとスケベ面のオッサン想像してた!)
「畏れながら」
仙月が膝をついたまま進み出る。
「翠蘭様はお怪我のため、少々記憶が混乱しておられます」
「記憶? なんだ、俺のことを覚えておらんのか。なら、わざわざ足を運ぶ必要もなかったな」
言ったかと思うと、若き皇帝はあっさりときびすを返す。
「行くぞ、香麗」
香麗と呼ばれた美女がやわらかに微笑み、その艶やかな唇を開く。
「翠蘭様、ご無事で何よりでした。お怪我をされたと伺い、私、胸のつぶれる思いがいたしましたのよ。ところで、お参りはいかがでした? 夫婦和合の効果、もしございましたら次は私も連れて行ってくださいましね」
「ははは、香麗よ。お前は本当に優しい女だな」
皇帝は香麗を大仰に抱きしめる。
「自業自得で怪我をしただけの奴の心配までするとは」
その髪を撫で、口づけを落とす。
「そんな危険な場所にお前をやれるものか。廟になど参らずとも、俺の心はお前のものであろうが」
「ふふ、皇帝陛下ったら」
まるで互いの姿しか見えていないような甘ったるい雰囲気。いちゃつきながら二人は部屋から出て行ってしまった。
私は架子床に横たわったまま、ひたすらお世話をされていた。
そしてその間、怪我で記憶が混乱していることにして、侍女たちから様々な情報を聞き出すのに成功した。
この国の名は「興」。
そして私の名は翠蘭。皇帝・勝峰の正妻だ。
名家の出である翠蘭は皇后の座に据えられてはいるものの、控えめで気弱な性格が皇帝の好みではなかったらしい。勝峰はあでやかな貴妃・香麗に夢中で、翠蘭の元を訪れることはほぼ皆無。
しかし勝峰から愛情を向けられたいといじらしくも願った翠蘭は、先日、夫婦和合を司る廟へ数人のお供を連れてお参りに出かけたそうだ。
「そこで、私は足を滑らせて?」
「はい」
目覚めた時からそばにいた年かさの女性は、翠蘭付きの侍女頭で名は仙月。
彼女は目頭を抑え頷いた。
「川の上流の、大変足場の悪い場所でございました。私どもが手をのばすも間に合わず、翠蘭様は大怪我をなさいまして。これまで昏々と眠り続けておられたのでございます」
マジか。
それって、ものすっごく大変な事態じゃないのかな。
一国の皇后が、少ないお供だけつれて足場の悪いところにお参りに行ったって。
しかも、医者っぽい人が言ってたよね、「一度息が止まっていた」って。
この「息が止まっていた」も実は気になっている。
私には、翠蘭として生まれて成長した記憶が全くない。つまり転生ではなく、一度死んだ翠蘭の体に、高田朱音、つまりこの私の魂がたまたま入れ替わるように入ってしまったのではないだろうか。どういう仕組みかはわからないけれど。
(それはさておき、皇后ってファーストレディだよね?)
目覚めてから何日か経ったけれど、見舞いに来る人ほとんどいない。
てか、夫である皇帝が顔を出さないのはどういうことだろう。
なんか、私の扱い雑すぎない?
そんなことを考えていた時だった。
「入るぞ」
後宮には珍しい、低い男の声がした。
侍女たちはハッとなり、件の人物の前にひざまずき頭を下げる。
(え? 何?)
そこに立っていたのは、堂々たる風格の美丈夫だった。1人の美女を伴っている。
(いや、誰?)
男は架子床の上の私に目を向け、ふんと鼻を鳴らす。
「目を覚ましたと聞いてな。一応、見舞いに来てやったぞ」
「……?」
「どうした。夫の顔を見忘れたか」
「!?」
夫!? つまり、この人が皇帝・勝峰!?
この、いかにもな俺様系の青年が?
(若! もっとスケベ面のオッサン想像してた!)
「畏れながら」
仙月が膝をついたまま進み出る。
「翠蘭様はお怪我のため、少々記憶が混乱しておられます」
「記憶? なんだ、俺のことを覚えておらんのか。なら、わざわざ足を運ぶ必要もなかったな」
言ったかと思うと、若き皇帝はあっさりときびすを返す。
「行くぞ、香麗」
香麗と呼ばれた美女がやわらかに微笑み、その艶やかな唇を開く。
「翠蘭様、ご無事で何よりでした。お怪我をされたと伺い、私、胸のつぶれる思いがいたしましたのよ。ところで、お参りはいかがでした? 夫婦和合の効果、もしございましたら次は私も連れて行ってくださいましね」
「ははは、香麗よ。お前は本当に優しい女だな」
皇帝は香麗を大仰に抱きしめる。
「自業自得で怪我をしただけの奴の心配までするとは」
その髪を撫で、口づけを落とす。
「そんな危険な場所にお前をやれるものか。廟になど参らずとも、俺の心はお前のものであろうが」
「ふふ、皇帝陛下ったら」
まるで互いの姿しか見えていないような甘ったるい雰囲気。いちゃつきながら二人は部屋から出て行ってしまった。