「こんなに書いているのか……」
 太監の手により勝峰(ションフォン)の元へ届けられた数冊の艶本。
 それらを眺め、皇帝は呆れる。
 香麗(シャンリー)の元で、『朱蘭(ヂュラン)』による小説の存在を知ってから数日が経過していた。
峰風(フォンファン)なる人物を描いたものは特に後宮で人気らしく、注文が殺到している模様でございます」
 太監の言葉に複雑な表情を浮かべながらも、勝峰は一冊を手に取る。
 ここ最近、最愛の寵姫・香麗の部屋を訪れると、いつも彼女は書を手にしている。皇帝の姿を目にすると慌てて片づけ駆け寄ってくるが、その頬は薄紅色に染まりとても艶めかしかった。
 まるでたった今まで、恋する相手と甘い時を過ごしていたかのように。
「ふん、こんなものが」
 不快そうに鼻を鳴らしながら文字を辿る。だが間もなく勝峰は物語に引き込まれてしまった。そこに登場する峰風なる人物は、比類なき極上の男として描かれていた。
「……これが、俺か」
 自分を模して描かれた人物であると、香麗は言っていた。そして今、この小説が後宮中の宮女たちの心を虜にしているらしい。
「全く、困ったものだ」
 勝峰の口端が上がる。誰の目にも明らかなほど、皇帝は上機嫌となっていた。
 勝峰は立ち上がると、部屋を後にする。
「陛下、どちらへ」
「うむ」
 嬉しさをこらえ切れぬ様子で口元を緩ませ、勝峰は答える。
「たまには皇后の様子も見に行ってやらねばと思ってな」

■□■

「翠蘭様、皇帝陛下がお見えになりました」
 仙月(シェンユェ)の言葉に、のんびり月を眺めつつ妄想を巡らせていた私はぎょっとなった。
(皇帝が!? こんな時刻に何しに!?)
 これまで完全に無視されていたため、皇帝を迎える正妻のマナーが分からない。
 うろたえているうちに、皇帝は部屋に入ってきてしまった。
「えぇと、ほ、本日はお日柄もよく? よくぞお越しくださいまし、た?」
「あぁ、堅苦しい挨拶は不要だ。我々は夫婦ではないか」
(はい?)
「仙月、茶を持て」
「かしこまりました」
(えぇ~……)
 皇帝は(ながいす)にどっかと腰を下ろすと、こちらへ手招きする。
 おずおず近づくと皇帝は手首を掴んで私を引き寄せ、強引に自分の隣へと座らせた。
「お茶をお持ちいたしました」
「うむ。では下がれ」
「かしこまりました」
 仙月だけでなく、紅花(ホンファ)若汐(ルオシー)も、こちらへ一礼を残し部屋を出ていく。
 仙月など去り際に、あたたかな視線を残していった。「良かったですわね」とでも言わんばかりの。
(ちょっと待って!? こいつと二人きりになっちゃう!)
 夜に男と二人きり、その関係は『夫婦』。
 そして『夫婦』とはいえ、私にとってはほぼ接点のない赤の他人。
 どっと不安が押し寄せて来た。
(だ、大丈夫だよね?)
 私は汗ばむ手を膝の上できゅっと握りしめる。
(皇帝は香麗に夢中で、翠蘭のことなんて鼻もひっかけない感じだったよね? 私のこと、そう言う対象に見てない人だよね?)
「翠蘭」
「ひゃいっ!?」
 息もかかるほど、皇帝は私に顔を寄せて来た。
 間近で見ても皇帝の造形はかなり整っている。まるで芸術品のようだ。自信に満ちあふれた双眸からは、強い雄の気配が伝わってくる。その口元に浮かぶ笑みからも、昂然たるものが感じ取れた。
「翠蘭よ。俺はお前をつまらない女だとばかり思っていたが、認識を改めねばなるまいな」
(いきなり失礼だな)
 そう思ったが、勿論口には出せやしない。
 私は言葉を飲み込み、引きつった笑みを返す。
 すると皇帝は、懐からなにやら取り出した。
(ぎゃーーー!!)
 それは私が香麗から依頼を受けて書いた、皇帝イメージのキャラが登場する小説だった。
 自作の同人誌を母親が手にして「これアンタが書いたの?」と問われた時のあの気分だ。
 しかも皇帝が手にしているのは、よりによって濃厚なR-18作品。
(あかんあかんあかん、あかんやつー!)
 焦って口をパクパクさせる私を見て、皇帝は満足げに笑う。
「やはり、お前がこれを書いたという噂は本当だったのだな?」
「ち、違いましゅ、よ?」
 動揺のあまり、噛んでしまう。
「誤魔化すな」
 皇帝の手が私の肩にかかり、更に引き寄せられる。
 いい匂いがする。だが、怖い。
「読んだぞ」
「ソウデスカ」
「この物語には、お前の気持ちが詰まっていると、俺は感じた」
「? ソウデスネ」
 当然だ、これは私の生み出した(さくひん)なのだから、愛は詰めまくっている。
 皇帝は上機嫌で、書を私に突きつける。
「この書の中の峰風と言う男、俺を模して書いたものらしいな?」
「は、はぁ……」
 それが香麗からのリクエストだからだ。
 実の所、私は皇帝と接点がなく本人の性格を掴み損ねていたため、彼をモデルに書いた感覚はあまりない。香麗の語る皇帝像に、私の記憶の中の数多の俺様キャラ要素を重ねて作り上げたのが、峰風と言うキャラクターだ。
「俺も読んでみたが、峰風はとても素晴らしい男として描かれているな」
「あ、ありがとうございます」
 自信家で強くてカリスマ性あふれる、ちょっと強引で最高にセクシーな存在。
 実はこれまで私が書いた小説の中でも、峰風の物語は後宮で特に評判が高い。
 なんだかんだで、皇帝のようなタイプは彼女らの好みなのだろう。
(あぁ、そっか。自分をモデルにしたキャラが魅力的に書かれていたから、ご機嫌で感想を伝えに来たってことかな。なんだ、それだけか)
 ほっと息をついた時だった。
「つまり、お前の目に俺はこんな風に映っていると言うわけだ」
 んん?
「お前の俺に対する熱烈な愛情、そして淫らな欲望、確かに受け取ったぞ」
(はぁああ~っ!?)
 ぐいと体重をかけられ、そのまま(ながいす)へと押し倒される。
「ちょ、ま!?」
「お前の書いた物語の中で、男はこう振舞っていた。……俺にこうされたかったのだろう?」
(ぎゃーっ、ぎゃーっ、ぎゃーっ! 言い方がAVを真似するオッサン!!)